大天使からの手紙
俺は急いでソフィアの体を埋葬し、魔界へ戻った。
それからほどなくして父は戦死し、母親はそれ機に浮気相手の悪魔と城から消え、俺は魔王として即位した。
即位した俺のもとに大天使の印がついた手紙が届いた。
送り主の大天使の名はウリエル……。
手紙には捕虜となった天使を天界に戻す方法が書かれていた。
天界と魔界の境界は、地上で言うところの万里の長城のような高い塀で隔てられていた。
塀で隔てられているが、いざ戦になると双方、羽があるので、空での戦いになった。
だから高くそびえたつ塀を気にする者はほとんどいなかった。
そしてこの塀には一か所だけ、天界と悪魔が行き来できる通路があった。
とても細く狭い通路で、天使であろうと悪魔であろうと、一人が通るのが精いっぱいという通路だった。もちろん魔界、天界、それぞれに見張りの兵はいたが、そんなものどうとでもできた。
ウリエルはこの通路を使い、捕虜となっている天使を解放するように指示した。
そしてその数が一万になった時、ソフィアを魔界へ行かせると、手紙には書かれていた。
俺はウリエルからのこの手紙を信じていいのか迷った。
だが、ウリエルの手紙にはもう一枚、手紙が同封されていた。
それはソフィアからの手紙だった。
そこにはあの日、俺を庇って死んだことを後悔していないこと、ウリエルのおかげで記憶を取り戻したこと、天使となったが魔界へ行く覚悟はできていること、そして「あなたを愛しています」と書かれていた。
ウリエルを信じると決めた俺は、捕虜になった天使を少しずつかくまった。
ロルフとベラに協力してもらいながら。
そしてかくまった天使を毎日十数人ずつ天界へ戻すようにした。
俺がそうやって捕虜となった天使を天界へ戻している頃、魔界は混乱状態だった。
先代魔王が天使軍に殺された事実に多くの悪魔が半狂乱になり、天界との戦闘は激化していた。
俺が戦争を極力回避したいと願っても、さすがに先代魔王の死の前では無理なことだった。
先代魔王の死から三年経ち、ようやく、魔界の混乱も落ち着いた。
俺は和平交渉を持ち掛け、一年の停戦期間を獲得した。
その間に内政に取り組み、少しずつ戦争肯定派の親父の側近だった悪魔を排除し、穏健派の悪魔を側近に迎えた。
戦がない一年、俺は内政で忙しかったが、他の悪魔たちは違った。
怪我を癒し、恋人同士が交わることで、低下を続けていた悪魔の人口がこの一年の間に持ち直すことにつながった。
天界との戦が再開すれば、また多くの悪魔の命が失われる。
戦に勝つうんぬんの前に、魔界はすでにその圧倒的な数の減少に滅びの道が見えていた。
もし滅びるのであっても、それは穏やかな滅びにしたい。
それが俺の密やかな願いになっていた。
そんな中、その日がやってきた。
捕虜となった天使を毎日のように送り出した通路から、ソフィアがやってくる日が。
俺はロルフとベラを連れ、ソフィアが来るのを待った。
「マティアス……?」
懐かしい声がした。
片時も忘れることなく、夢の中で何度も聞いた声に俺は胸を震わせた。
魔界を照らす赤い月がよく輝いている夜だった。
そこにソフィアが姿を現した。
髪はあの時よりも長く伸び、美しい花冠をつけ、輝くような白い衣をまとっていた。
「ソフィア」
俺はその名を呼び、ソフィアを抱き寄せようとしたその時
「裏切り者」
「危ない」
ほんの一瞬の出来事だった。
気づくとソフィアは俺の胸に倒れこみ、上空ではうめき声がした。
ソフィアの後ろから出てきた人物の羽が一瞬のうちに真っ黒になった。
茫然とする俺のそばをロルフとベラが駆け抜け、空から落下する天使に向け、走っていった。
「マティアス、ソフィアをうつ伏せで寝かせろ」
俺に怒鳴るように叫ぶ男、黒曜石のような瞳、金と黒が混じったような髪、そして漆黒の羽、だがその顔は知っている顔だった。ウリエルだ。
「ほら、早く」
ウリエルに促され、俺はソフィアの体を見て、驚愕した。
背中に矢が刺さっていた。
……まさか。
血の気がひく俺にロルフとベラが駆け寄った。
「ソフィアに矢を放った天使は死んでいました」
ロルフはそう報告すると、俺に代わってソフィアの体を持ち、地面に寝かせた。
「これは忘却の矢だ。死に至るような矢ではない。天使は天使を殺すことは禁じられている。だからこの矢を使ったんだ」
ウリエルはそう言うと、ゆっくり、その矢をソフィアの体から抜いた。
矢じりに血はついていない。
「気絶しているだけだ。三十分も立たずに目を覚ます。城へ運ぼう。布は持ってきたか?」
ウリエルの言葉にベラが頷いた。
ベラとロルフはウリエルと一緒にソフィアを布にくるんだ。
「急いで城へ運ぼう」
ウリエルの指示に、ロルフとベラはソフィアをくるんだ布を担ぎ上げた。
「おい、マティアス、しっかりしろ」
ウリエルが俺を見た。
「何が……起きた……?」
「どうやらつけられていたようだ。最新の注意を払っていたのに」
ウリエルの言葉にロルフが告げた。
「お前が射落とした天使は昨日、捕虜から解放した天使だ。せっかく助けた命を無駄にしやがって……」
「なるほど。だからここが分かったんだな。……まあ、主に忠実な天使だったんだ」
「しかし、お前、本当に堕天したんだな」
ロルフがニヤリと笑った。
「本当は女の悪魔を抱いて堕天したいところだったが、仕方あるまい。天使を殺した堕天使というのはそれはそれで箔がつく。それより誰かが来る前に行くぞ」
俺はウリエルに背中を叩かれ、ようやく羽を広げた。
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次回更新タイトルは「失われた記憶」です。
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