ミカエルの決断
「まずはアドバイスからだ。魔界は今、安定している。オリアクスとルルの存在が、魔界を一つにまとめている。魔界を統治したいと思う天使はいないだろう? ならばここにいる大天使ウリエルを魔界の統治者とし、実際はオリアクスとルルに統治させるといい。二人はウリエルの指示に従うはずだ。二人は悪魔だ。でも地上へ降りて、人間に悪さをすることはない。天使に対して歯向かうこともない。だから魔界に満ちる神の力を弱め、天使と悪魔が共存できる場所に、魔界を変えてはどうかと俺は思う」
この考えを口にするのは初めてだったが、エウリールもそれがいいと思っているのだろう。
同意するように頷く。
「次に」
俺は慎重に言葉を運ぶことにした。
「これは、俺の正当な権利だと思っている。大天使の命令が、絶対であることは理解している。天使である俺が、従う必要があることも。でも求められている以上の成果を出した。だから一つぐらい、願いを叶えて欲しい」
ミカエルはこれまでと同じように、俺をただ見ている。
「レイラという女天使の魂を、天界へ戻して欲しい」
エウリールがハッとした表情で俺を見た。
ずっと微動だにしなかったソフィアも、俺を見る。
そしてミカエルは……。
沈黙が続いている。
だが、賽は投げられた。
ここで折れるつもりはない。
ミカエルの神秘的な瞳を、見つめ続けた。
「……」
ミカエルが穏やかで優しい声で話し出す。
よし。交渉のテーブルにミカエルはついた。
「君からのアドバイスは的確だ。オリアクスとルルという、魔王の血筋をひく純血種に実務を任せる、その形でいいだろう。だが魔界の統治者は、ウリエルではない別の者に任せる」
「……別の者……?」
別の者……ほかの大天使は……。
ガブリエルは……地上で修行の身だ。となると……。
「……ラファエルに任せるのか?」
「いや、違う」
ミカエルは即刻否定した。
「まさか……ガブリエルはもう復権するのか!?」
エウリールの眉がピクリと動く。
復権には早過ぎる。
エウリールもそう思っていることが、伝わってきた。
「違う」
落ち着いた穏やかな声で、ミカエルは否定する。
そして……。
なぜか慈しみを込めた眼差しで俺を見た。
「魔界の統治者は君だ」
俺も、エウリールも、ソフィアも。全員が固まった。
「君以外の適任者は思い浮かばない。天使と悪魔が共存できる場所に、魔界を変える――マティアス、君が思う策を講じてみるといい」
まさか俺が、という思いもある。
だが魔界を変えることを認められた。
ならばここは快諾だろう。
「……分かった。俺の考えで、魔界改革をオリアクスとルル共にやらせてもらう」
ミカエルは頷き、さらに続ける。
「レイラという女性の魂の件だが、通常は認められることではない。だが、確かに君は天界と魔界の争いを終結させ、現在の魔界の混乱も収めた。その功績は計り知れない。だから認めよう。レイラの魂を天界へ戻すことを」
「……! 本当なのか、ミカエル!?」
エウリールが興奮気味に尋ねる。
「私が一度でも嘘をついたことがあるか?」
「いや、ない」
ミカエルはそこで瞳を細め、小さく何かを呟いた。
「主による奇跡。刻限だ」
ミカエルはそれだけ言うと、ふいに姿を消した。
だが次の瞬間。
「ウリエル……」
見知らぬ女性の声が聞こえてきた。
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