酔っていません
食事があらかた終わると、オリアクスは部屋に置かれていた器機に目をとめた。
「兄上、これは何ですか?」
「お! オリアクス、これに興味を持ったのか。これはな、カラオケという日本が生み出した最高の娯楽だ。どれ。おれがどんなものか見せてやろう」
エウリールが俺の代わりに答え、早速『もろびとこぞりて』を歌いだす。
地上に人間として堕とされていた時、ラファエル……phantomと一緒に、Misfitの名で活動していただけある。その歌声は確かなものだ。エウリールの声量のある歌声に、オリアクスもルルも感動している。ソフィアもうっとりした顔でエウリールを見ていた。
歌い終わると皆、拍手を送り、その歌声を称賛する。
オリアクスとルルは、もう一曲とせがむ。
ご機嫌になったエウリールは、phantomとMisfitの連名で発売した曲を、歌い始めた。
オリアクスとルルは、互いに寄り添い、エウリールの歌声に酔いしれている。
ソフィアも食後に出された玄米茶を飲みながら、熱唱するエウリールを熱心に見ていた。
さっきから俺は、ソフィアのことを何度も見ている。しかしエウリールの歌声に聞き入っているソフィアは、まったく俺の視線に気づかない。
ソフィアがベラに嫉妬したことを、心の中で可愛らしいと笑っていた。
だから俺がエウリールに嫉妬しているとソフィアが知れば「マティアス様、そんな心配されていたのですか!?」と、笑うことだろう……。
そう分かっていたが……。
「ソフィア、もう食事も終わった。……部屋へ戻ろう」
耳元で甘く囁き、「え、でもまだエウリールが」と答えるのを半ば強引に抱き寄せ、立ち上がらせた。そしてそのまま部屋を出る。食事も終わっていたので、俺とソフィアが部屋を出ても、誰も止めることはない。
廊下に出ると、何か言いかけたソフィアの口をキスで塞ぎ、その後は肩を抱き寄せ、部屋まで足早に戻った。
ソフィアと俺の部屋は、仕事で泊った時と同じ部屋だ。
部屋の間取りも、どこに何があるのかも、すべて頭に入っている。
だから部屋に入ると明かりもつけず、ドアにソフィアの背を押し付けるようにして、その唇を奪った。突然激しいキスをされ、ソフィアは戸惑うかと思ったが……。
ソフィアの体に力は入っていない。
ただ俺にされる激しいキスに、息を弾ませているだけだ。
再びソフィアの口を塞ぎ、舌を絡ませながら、手をそっと動かした。
マシュマロのように柔らかい胸に触れたが、ソフィアが俺の手を掴むことはない。
形のいいその胸を手で包み込んでも、止めようとしない。
「……ソフィア、もしかして酔っているのか……?」
ソフィアは乱れた息のまま「酔っていません」と答えたが……。
浴衣の胸元に手をしのばせ、その肌に触れると……。
体温がいつもより高い。
間違いなく、酔っていた。
部屋の電気をつけ、庭園を眺めるように置かれた椅子に、ソフィアを座らせる。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスに注いだ。
「ソフィア、これを飲んだら歯を磨いて休もう」
「……え、マティアス様、露天風呂は?」
部屋には源泉かけ流しの露天風呂がついている。前回泊った時、ソフィアはこの露天風呂に入りたがっていた。しかし結局大浴場に行ってしまい、利用せずに終わっている。だから再びこの部屋に通されたソフィアは……。
「今日は夜眠る前に、この露天風呂に絶対入ります!」
そう宣言していた。
「ソフィア、酔っているだろう? そんな状態で温泉に入るのはダメだ」
「……そんな」
「でもちゃんと水を飲んで休めば、明日の朝には入れる」
俺の言葉にソフィアはがっかりしつつも、「ちゃんと水を飲めば」という言葉に従い、グラスの水を飲み干した。もう一杯水を飲ませ、洗面所へ連れて行く。
ソフィアの寝る準備が整ったのが分かると、その体を抱き上げ、敷かれた布団に横たえた。
「俺も寝る準備をするから」
そう言って立ち上がりかけると……。
ソフィアが俺の浴衣の裾を掴む。
「マティアス様……」
甘えるように俺を見上げるその瞳は……。
一見、普段と変わりないように見えるが、酔っているに違いなかった。
「すぐに戻るよ、ソフィア」
おでこにキスを落とし、伸ばされた腕を掛布団の中に戻す。
ソフィアは何か言いたげだったが、おとなしく頷いた。
寝る準備を整え、布団に戻ると、ソフィアは眠りに落ちていた。
いつ見ても思う。
愛らしい寝顔だと。
ゆっくりと布団に潜りこみ、その華奢な体を抱き寄せる。
前回この部屋に泊った時、ソフィアと俺は、キスさえできない状態だった。でもソフィアは人間になることを願い、俺とキスをしようと、普段はしないような行動をとった。純粋無垢のソフィアが、俺を誘惑しようとしたのだ。
その時のことを思い出し、思わず笑みが漏れる。
ソフィア……。
あの時と違い、今は、キスができる。
ゆっくりソフィアの唇に、自分の唇を重ねた。
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次回更新タイトルは「ここで暴走してはいけない。絶対に。」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も勉強、お仕事、頑張りましょう!!




