魔王の秘密
天界との戦いに明け暮れていた親父……当時の魔王は、俺が成人すると三万の兵士を連れ、戦場へ赴くことを命じた。
魔王の命令は絶対だ。
俺は戦を好まなかったが、魔王の指示に従い、兵を連れ、戦場へ向かった。
実際に戦場へ出ると、戦を好まないなどと言っていられなかった。
天使軍は強く、隙がなく、悪魔に劣らないぐらい戦場では非情だった。
ロルフもベラも、その時はまだ若くて、無茶な戦い方をしていた。
天使が仕掛けた罠と気づかず、ロルフとベラは死地に足を踏み入れてしまった。
俺はいち早くそれに気づき、二人の元へ駆けつけた。
なんとか猛攻を続ける天使軍を巻いて、ロルフとベラを連れ、自分達の陣地に戻ろうとしたその時、俺は大天使が放つ矢を羽に受け、地上へ落ちた。
そう、人間の暮らす地上へ。
大天使の放つ矢は一撃必殺。
だが俺は魔王の血をひく悪魔だったから、それでもなんとか生き延びた。
でも地上へ落ちた段階で意識を失った。
そこが森の中とは分かったが、そこで意識は途切れた。
次に目覚めた時、そこは見知らぬ部屋の中だった。
全身に痛みがあり、体が熱かった。
そしてすぐにまた意識を失った。
その後、どれぐらい意識を失っていたか分からない。
でも目覚めると、痛みはかなり収まり、熱も落ち着いていた。
そこでようやく、俺は人間の手で助けられたことに気づいた。
俺を助けた人間、それは碧い瞳に輝くような金色の髪、透き通るような白い肌を持った、天使のような美しい女性だった。
名はソフィア。
俺が落ちた森を含めた一帯を収める領主の娘だった。
父親は戦に出ていて、ソフィアは領主に代わり、この土地を収めていた。
とはいってもソフィアが暮らす一体は森や山が多く、領民はほとんどいなかった。
ソフィアが暮らす屋敷も彼女以外の住人は父親に仕える執事、二人の使用人、母親は病で伏せている、そんな状況だった。
ソフィアは森で倒れている俺を見つけ、まず、羽に刺さっていた矢を抜いた。
悪魔では抜けない矢だったが、天使や人間であれば抜くことができた。
矢を抜くと、俺は自然と羽を背中に収めていた。
普段、使わない羽は邪魔なので背中の中に収めることができた。
羽がなければ、悪魔は人間の姿とそう変わらない。
ソフィアは二人の使用人を呼びに屋敷へ戻り、そして俺を部屋に運んだ。
医者は母親の病を診るために、定期的にソフィアの屋敷にやってきていた。
医者とソフィアの看病のおかげで俺は回復した。
表面的な怪我は二人のおかげで回復した。
大天使の矢で受けた傷の回復、それに俺の魔力の多くが使われ、傷が回復してもすぐ魔界へ戻ることができなかった。
そこで俺はしばらくここに留まることになった。魔力を回復するために。
そして俺にとって初めて接することになる人間、ソフィアと共に時間を過ごすことになった。
ソフィアは領主の娘ではあったが、暮らしは領民とたいして変わらないものだった。
家畜を育て、畑を耕し、森で薪を集め、果実を手に入れる。
だが、その質素な暮らしをソフィアは嘆くこともなく、日々を楽しそうに生きていた。
とても美しい女性だったのに、それを飾る宝石やドレスはなかった。
だが、そんな物がなくても気にすることなく、そしてそんな物がなくても、ソフィアは十分輝いていた。
何より、心が綺麗だった。
羽を見たからソフィアは俺が悪魔だと気付いていた。
さすがに魔王であるとは気づいていなかったが。
悪魔であると知っていたのに、ソフィアは俺を助けた。
傷ついた者がいれば助ける――それがソフィアだった。
そんなソフィアを好ましく思う反面、悪魔の本能で、彼女を堕落させたいという気持ちにもなっていた。
ソフィアが暮らす土地は辺境の地。
そこへやってくる者はいない。
そしてソフィアは、いわば絶壁に咲いた美しい一輪の花だった。
とうに結婚をしていてもおかしくない年齢なのに、ソフィアは綺麗な体のままだった。
それが分かると、ますますソフィアを堕落させたいと思うようになっていた。
ソフィアは怪我から回復した後、家畜の世話や畑仕事を手伝い、狩りもできる俺を信頼するようになっていた。
自分が信頼されていると気付き、言葉巧みに彼女を誘惑した。
だが……。
ソフィアは決して俺の手に落ちなかった。
抱き寄せても、口づけをしようとしても、「あなたはそんなことをする人じゃない」と言って、俺を受け入れることがなかった。
魔力を使っても良かったが、今は魔界に戻るために無駄に魔力を使いたくなかった。
拒まれても何度もソフィアにアプローチするうちに、次第に自分の中の気持ちが変化していくことに気づいた。
最初は悪魔の本能で、彼女を堕落させたいと思った。
でも今は堕落など関係なく、ソフィアに振り向いて欲しいという気持ちになっていた。
もう愛してしまっていた。
たった一人を愛したい――その相手はソフィアしかいない、そう思えるぐらい、気づけば彼女を愛していた。
不思議だった。
悪魔の本能ではなく、純粋に自分の本能に従うと、ただソフィアと言葉を交わし、その笑顔を見るだけで幸せな気持ちになれた。
俺の変化にソフィアも気づいていた。
やがてソフィアも俺に心を許してくれるようになった。
もし俺とソフィアの間になにかきっかけがあれば一線を超えることになる。
ただ、それを超えたいと思う反面、超える怖さがあった。
なぜならソフィアは人間で俺は悪魔だった。
しかも俺はただの悪魔ではない。純血種で王族の血を受け継ぐ魔王。
口づけ一つで人間を堕落させ……そして悪魔へ変えることができる魔王だった。
ソフィアを悪魔へ堕とす。
そうしなければ結ばれないと分かっていた。
それでもどうしてもソフィアを悪魔に堕とすことへのためらいがあった。
あまりにも心が綺麗過ぎて。
本気で愛してしまった今となっては、その心を穢し、悪魔に堕とすことが怖くなっていた。
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次回更新タイトルは「悪魔狩り」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼
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