一万回のキス
俺はその顔に秘かにキュンとなりながら、それを顔に出すことなく冷静に答える。
「悪魔は基本的に大天使と聞けば震撼するんだよ、ソフィア。ミカエルは戦場に現れる回数が少なすぎて情報がなく、何をされるか分からない。だから、ミカエルの名を聞いた悪魔は、恐怖で失神する。
ガブリエルとラファエルは、弓矢と槍を武器に戦うが、共に一撃必殺とはいえ、一度に倒される悪魔の数はたかがしれている。だから狙い撃ちされていなければ、そこまで恐怖する悪魔はいない。でも狙われていると分かったら……諦めだな。なにせ一撃必殺だから。
対してウリエルは……。『一度の鞭で千の悪魔を討ち取る者』として知られ、その様子を見た悪魔は多い。矢や槍と違い、鞭で体が次々と真っ二つになるインパクトは、さすがの悪魔でもトラウマだ。しかも攻撃が広範囲で、一度で大量の悪魔が命を散らすことになる。自分がいつ巻き込まれるか分からない。
だからウリエルが来た、となれば、蜘蛛の子を散らすように皆、逃げだす。とにかくウリエルには近づかない、逃げる、これが鉄則。そんな風に悪魔から思われている。だからウリエルが嘘をつけば報いを与えるとなれば、確かに心にやましいことがある悪魔は来ないはずだ」
戦場に出たことがある悪魔なら知っている情報だったが、ソフィアは違う。
ソフィアが知るエウリール……ウリエルは、女好き、明るくなつっこい、ユーモアがある、本気の時とそうではない時の落差が大きい。そんな感じだろう。
『一度の鞭で千の悪魔を討ち取る者』として知られるウリエルの姿は、想像もつかないはずだ。
現に今も「そうなんですか、エウリール」と、本人に問いかけている。
「ソフィア、エウリール、俺の方で懸念事項があり、でもそれに対する解決方法を思いついているのだが、それについて二人の意見を聞きたい」
俺の言葉に二人がこちらを見た。
「オリアクスは、人間になった悪魔を、再び悪魔に変えることができる。でもそのためには一人ずつ、額に口づけをしなければならない。この負担を減らす方法は、婚約者であるルルと、婚姻の儀式を行うことだ。ルルは純血種の一族の出身。二人が結ばれることで、ルルは魔王の血筋となれる。そうなればルルの口づけでも、人間を悪魔へ変えることが可能になる。それに将来的には、新たな魔王の血筋の誕生につながる」
「名案じゃないか、マティアス。おれはキス魔だが、短期間で一万回近くキスするのは……さすがに骨が折れる」
エウリールは事情を知らないので、あっけらかんとした反応をしたが……。
「マティアス様の懸念は二つですよね。それはいくら婚約しているとはいえ、今回のためにオリアクス様に、婚姻の儀式を行うよう勧めてしまっていいのか。そしてこれが一番懸念されていることだと思うのですが……。
そもそもルル様は地上が怖くて、地上へ避難するのが嫌で、オリアクス様に書庫をシェルターに変え、そこに避難することを提案しました。そのルル様に、オリアクス様と婚姻の儀式を行い、一緒に地上へ降りることをお願いしていいものか。悩んでいるのですね?」
俺は頷き、エウリールは「なるほど」と唸った後にこう続ける。
「だがもうそれは腹を割って話すしかないだろうな。婚儀の件は、兄弟でもあるマティアスとオリアクスとで話すべきだろう。そこで婚儀についてオリアクスが同意するなら、ルルの説得はオリアクスに任せればいい。だが地上へ降りたくない、となると……うーん、難しいなぁ。マティアスが地上へ行って欲しいと言えば、ルルには命令に聞こえるだろうしな」
「ルル様とは私が話してみます。私は地上で生活した経験もありますから。それに同じ女同士。女子は女子同士でのおしゃべりが大好きですから」
「では午後、俺はオリアクスと、ソフィアはルルと話をすることにしよう。調理場には沢山お菓子があるから、あれを持ってもう一度書庫へ行こう」
ソフィアは「はい」と元気よく頷き、エウリールは「じゃあ俺は午後は留守番だな」と伸びをした。
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次回更新タイトルは「弟の考え・兄の想い」です。
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