なぜここに?
「それは……」
オリアクスが答えようとすると、ルルが声をあげた。
「その、マティアス殿下、それはわたしがオリアクス様にお願いしたからです。……わたしは地上へ行ったことがなく、地上が怖かったのです。それに心のどこかで、魔界が陥落するはずがないと思っていて……。この書庫の存在をオリアクス様に聞いた時、地上へ避難するのではなく、ここをシェルターに作り変え、ここに潜伏することを提案したのです」
するとそれに被せるように、オリアクスが口を開く。
「実際にここをシェルターに作り変えたのは兄上、自分です。元々レストルームはあったので、その周辺を魔術で改築し、必要なものを運びこみました。ルルは提案をしただけです。実行したのは自分。ですから責めるのであれば自分を……」
「王宮図書館から地上に関する本がいくつかなくなっていたのは、偽装のためか?」
オリアクスは首を振る。
「兄上に地上へ避難しろと言われた時、真剣に避難する場所を考え、実際に使うつもりで持ち出しました。偽装などではありません」
「そうか。……分かった。まずは無事で良かった。オリアクス、お前がこうして生きていることで、魔王の血筋が絶えずに済んだ。そしてもう生き別れになると思っていたお前に再び会えた。……俺はもう、魔王ではない。例え命令に背いていたとしても、それを叱責する権限はもう、俺にはない」
「兄上……」
オリアクスの目に涙が光る。
「今、魔界がどんな状態か把握しているか?」
俺はオリアクスとルルを見た。
二人は首を振る。
ソフィアと俺は、現在の魔界の様子を語って聞かせた。
「まさか捕虜のはずの天使軍の騎士が……。驚きました。それは間違いなく、兄上とソフィアさんの政策の賜物ですね……」
オリアクスが大きく息をはく。
「俺とソフィア、そして上にいるエウリールは、主とミカエルの指示でここに来た。魔界で起きていることを確認するように、とのことだが、求められていることは、それだけではないと思っている」
「そうなのですか、兄上……?」
「『地上に堕とした善良な悪魔を魔界へ戻してください。罰すべき悪魔を地上へ残し、罪なき悪魔は魔界へ戻してください』というこの祈りに応えることを、求められていると思う」
オリアクスは驚き、隣に座るルルを見た。
ルルも驚いて目を丸くしている。
「もしケイシー達の祈りに応えるなら、オリアクス、お前の協力が不可欠だ。協力する気持ちはあるか?」
俺はオリアクスの瞳を真っ直ぐに見た。
「……自分は兄上を地上へ堕とし、天使に変えてしまった天界を、主を、今はまだ許すことはできません。でも魔界に残った天使たちの願いは叶えたい、そう思います」
その言葉にソフィアと俺はホッとする。
「オリアクス、お前からその言葉を聞けてよかった。……俺のことを案じてくれるのは、嬉しい。だがそれで変な気は起こさないでくれよ、オリアクス。正直、俺は千年間近く自分の感情を押し殺し、天界と魔界のことに、心血を注いできた。今はそこから解放され、ただソフィアと幸せになり、生きることを願っている。これは完全に兄の我がままだが、そっと見守ってほしい。俺は魔王に返り咲きたいとは思っていない。天界を懲らしめたいとは考えていない」
「兄上……」
オリアクスは今にも泣きそうな顔になっている。
「その髭、いい具合に貫禄が出ている。その顔に涙は似合わないぞ」
俺の言葉にオリアクスが歯を食いしばった。
「ソフィアと俺は一度、エウリールの所に戻る。そして準備を整え、オリアクス、お前たちがここから出られるようにするから」
「分かりました、兄上」
その言葉を合図に皆立ち上がり、肩を抱き合った。
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次回更新タイトルは「誰が一番クレイジー?」です。
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