浴衣姿、ほのかな色気
温泉はとても気持ちのいいものだった。
広々とした湯舟につかる解放感、力が抜けそのまま眠ってしまいそうだった。
じんわりと汗が出て体が芯から温まっていることを実感できた。
露天風呂やサウナも楽しみ、俺はようやく脱衣場へ戻った。
……。
これはどうやって着るんだ? 確か浴衣、だよな?
他の男性客が着る様子を観察し、なんとか浴衣を着ることに成功した。
良し。部屋に戻ろう。ソフィアはもう部屋に戻っているだろうか。
足早に部屋に戻ると、ソフィアはまだ部屋に戻ってきていなかった。
座椅子に腰をおろし、テレビをつけた。
……そうだ、庭が綺麗だと言っていたな。
障子を開け、庭を見た。
整えられた日本庭園が明かりに照らされていた。
風情、というものを日本に来てから学んだが、まさにこれのことを言うのだろうな。
庭を眺められるように置かれた椅子に座り、庭園を眺めた。
「マティアス様!」
ソフィアの声に部屋の方を振り返った。
……!
浴衣姿のソフィアはほのかな色気を感じさせた。
それは後れ毛を残しながら髪を結いあげていたからかもしれない。
温泉で温まり、肌がほのかに色づいていたからかもしれない。
浴衣という初めて見る姿が新鮮だったからかもしれない。
とにかく何度も深呼吸する羽目になった。
ソフィアはそんな俺に気づかず、向かいの椅子に座ると、今入った温泉の素晴らしさを嬉しそうに話しだした。
俺は気持ちを落ち着けるため「飲み物を用意するよ」と言い、一旦席を立った。
グラスに冷たいソーダ水を注ぎながら、深く、深く、呼吸を繰り返した。
……良し。大丈夫。落ち着いた。
グラスを手にソフィアの元へ戻った。
「ありがとうございます」
笑顔でソフィアはグラスを受け取った。
「明日は遊覧船に乗れるんですよね。魔界には船はなかったので楽しみですね」
「そうだな。船酔いに気をつけないとな」
「大丈夫です。ちゃんと酔い止めを持ってきましたから」
「流石だな、ソフィア」
ソフィアは微笑み、グラスのソーダ数を飲んだ。
「その後は神社に行くんですよね。日本の神様がいる場所に」
「そうだな」
「マティアス様、緊張しますか?」
「……魔力があって羽がある状態なら緊張するだろうな。でも今はただの人間だしな。むしろ沢山ご利益がありますようにって、祈っちゃうかもな」
俺の言葉にソフィアは笑った。
「では私もいっぱい願い事をしないと」
その後も明日のロケについて話していたが、二人とも同時にあくびをした。
「そろそろ寝るか」
「はい」
部屋に戻り、くっつき過ぎた布団のことを思い出した。
「マティアス様、どちらのお布団でお休みなりますか?」
ソフィアはやはり布団の配置について気にしていないようだ。
「お、俺はどちらでも。ソフィアが選んでいいぞ」
「では私は奥で。この浴衣を着たまま寝ていいんですよね?」
「そうだと思う」
「不思議な衣装ですよね。いつか着物も着てみたいですね」
ソフィアはそう言いながら布団に潜りこんだ。
「ベッドと違いますが、寝心地は悪くないですね」
俺も横になってみた。
「これならどんなに寝相が悪くても落ちる心配もなさそうだ」
「マティアス様、寝相悪いのですか?」
「どうだろう? 子供の頃は朝起きると天井に描かれた絵画の向きがいつも変わっていたな」
「そういえばマティアス様の子供時代って、どんな感じだったのですか?」
「どんな……。うーん。親父は天界との戦争に明け暮れていて、母親は親父がいない寂しさからか、浮気をしていたりで、割と問題のある家庭で育った気がするな。俺は親父を反面教師になるべく無駄な争いはしたくないと思うようになったし、母親の姿を見て愛するならたった一人でいいと思ったりしていたな」
「……だからなんですね。天界との戦を回避するために、和平交渉をしたり、捕虜の引き渡しに応じたり」
「ああ。でも捕えた天使を堕天させないとか、捕虜の天使が暮らす村を作るとか、それはソフィアの案だからな。俺もソフィアも平和主義だったから、戦は減ったし、その分、魔界の治世に注力できたんだが……」
「それでうまく言っていたのに、天界はそれでは納得いかなかったんですよね。魔界が平和なんてあり得ない、って」
「まあな。魔界が平和ボケしてしまったのは確かかもしれない。なにせ捕虜にした天使を堕天目的ではなく結婚相手にする悪魔が増えていたからな」
「でもそれでみんな幸せそうだったのに……」
「そうだな。でも天界からすると悪魔は穢れた存在だし、悪魔と天使の婚姻なんて認められない、ってことなんだろう」
「価値観の多様性を認められないんですね」
「頭の固い奴が多いからな、天界は」
「……お父様を反面教師にしたマティアス様の生き方はよく理解できています。でも……お母様から得た教訓はどうなったのですか? たった一人を愛するのではなく、禁欲の誓いに落ち着いてしまったのはなぜですか?」
「それは……」
どうしてこんな話になった?
「マティアス様がお妃様を迎えないこと、不思議に思っていました。でもそれはロルフが教えてくれた禁欲の誓いのためだと最近になってようやく理解できました。とはいえ、本来悪魔は欲望に忠実なはず。お父様も……お妃様以外に沢山愛人がいらっしゃったとか。マティアス様はなぜ禁欲の誓いを始められたのですか?」
いつになくソフィアが積極的に質問してきて俺は驚いていた。
ここにロルフもベラもいなくて俺と二人きりだからこんな踏み込んだ質問をしているのか?
「……それは……話せば長くなる。……でもソフィアにはちゃんと話そうと思っている……」
「……私に話そうと思っていたのですか⁉」
「……そうだな」
「分かりました。約束ですよ、ちゃんと教えてくださいね」
「ああ」
「では今日はもうおしまいですね。明日も早いですし。明かり、消しますね」
ソフィアはそう言うとリモコンのスイッチを押して明かりを消した。
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次回更新タイトルは「本当の名前」です。
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それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼
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