なぜ俺に?
その一方で、一人一人の天使の祈りには、真摯な想いが込められている。
例えばケイシーであれば、善良な悪魔……それは彼の妻となったジゼルのことだろう。捕虜となった天使に、ジゼルは尽くしていた。それは俺も報告書で確認している。
ただ、ケイシーはジゼルと結ばれることで天使としての力を失った。
でもそれはケイシーが望んだことだ。ジゼルがケイシーを誘惑したわけではない。だからジゼルは罪をおかしたとは、言い切れないはずだ。何より本来はすべき裁判もせず、一律で悪魔を処分した。
つまり、天界にも後ろめいたところがあるのだから、すべてをルールにのっとって厳密に、とはできないはずだ。
もしケイシー達の祈りに応えるなら、人間になった悪魔を元に戻す必要がある。
人間を悪魔にできるのは……当然、悪魔だ。
しかもただの悪魔ではダメだ。
純血種の悪魔のみができることだ。
しかし純血種の悪魔が人間を悪魔にするとなると、その人間を堕落させる必要がある。つまりその人間と、肉体的な交わりを持つということだ。でもこれは非現実的だろう。ジゼルが純血種の悪魔と交わった上で悪魔に戻るなど、ケイシーが許容できるわけがない。
となるともう答えは一つしかない。
口づけ一つで人間を堕落させることができるのは――純血種の、魔王の血筋をひく悪魔だけだ。
つまりそれは俺だった。
そう「だった」だ。
もう俺は魔王ではない。
それは主もミカエルも分かっているはずだ。
けれど奴らは俺をここに向かわせた。
今一度頭を整理する。
ミカエルは、感知した出来事で対応した方がいいと思う件があった時、騎士を派遣して状況を確認する。今回はケイシー達の祈りを感知した。約3万の天使の祈りだ。しかも毎日祈っている。ならば祈りの内容も既に把握しているはずだ。
その上で、俺をここへ向かわせた。
俺を向かわせた理由、それは……。
いくら清められ、神の力が満ちても、魔界へ行きたがる天使はいない。
だが俺なら……そんな抵抗感はない。そして俺は『天界軍騎士総本部』で、騎士として登録を行っていた。つまりミカエルが動かせる、騎士という立場になっていた。
さらに俺なら、ケイシー達の祈りに応えられると考えている。
なぜだ? 俺は天使なのに。
「マティアス様」
ソフィアの声に、思考は中断される。
「どうした、ソフィア?」
ソフィアの方を見ようとして、肩に寄りかかる頭に気づく。
「!」
酔いつぶれたらしいケイシーが、肩にもたれ目を閉じていた。
いつの間に?
俺が真剣に考え事をしている間に、酔いつぶれたのだろう。
そっとケイシーの体を揺する。
ケイシーはハッとして目を覚まし、俺に寄りかかっていることに気づき、慌てて体を起こす。
「す、すみません、マティアス様」
「いや、気にしないでくれ。それより、もう三時間近く宴が続いている。ここで一度締めた方がいいのでは?」
ケイシーは「そうですね」と頷き、グラスの水を飲んだ。
ソフィアの方を見ると、安心した顔をしている。
ケイシーが俺に寄りかかって眠っていて、俺は俺で真剣な顔で考え事をしていたから、ソフィアは心配して声をかけてくれたようだった。
「宴もたけなわですが、そろそろお開きにしたいと思います」
視線をソフィアからケイシーに戻した。
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次回更新タイトルは「同じ部屋でいい?」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も勉強、お仕事、頑張りましょう‼




