主(しゅ)とミカエルを悩ます深刻な事態
俺が衝撃を受ける間も、ケイシーは話を続けている。
「戦闘状態と言っても、天使軍が使うのは忘却の矢でした。だからもし当たっても、レジスタンス軍に死者はでません。でも我々レジスタンス軍の武器は、悪魔軍が使っていたものです。魔界に忘却の矢なんてありませんから。だから我々が放った矢を受ければ、天使軍の騎士は死にます」
それは当然のことだった。
「ただ、天使同士での殺し合いは禁止されています。だから我々が放った矢が天使軍の騎士に命中し、その天使が命を落とせば、我々も死ぬわけです。でもそれでも構わない、という覚悟を、皆持っていました」
思わず頭を抱えた。
魔界で天使同士がそんな争いをしていた事実に。
「でも、戦闘らしい戦闘は数時間も続きませんでした。なぜなら天使軍は、魔界から撤退を始めたからです。それは上官が命令をしたわけではありません。天使軍の騎士は、自分が死ねば相手も死ぬ、という事実に耐えられなかったのです。相手が悪魔であったとしても、天使は本能的に命を奪うという行為に罪の意識を感じます。自分達が使うのは忘却の矢で、我々を殺すものではないと分かっていても、自分が矢を受ければ、相手の天使は死ぬ。自分も死ぬが、相手の天使も死ぬ。つまり同士討ちとなる事実に耐えられなかったのです」
まさかと思いつつ、尋ねていた。
「その戦闘で死者は出たのか……?」
ケイシーは「いいえ」と答える。
その答えに、心底安堵していた。
本来流す必要のない血が流れなかったことに。
元魔王の俺が、天使同士の争いで死者が出なかったことに安堵するなんて、おかしな話だ。
でも、心から双方に死者がなかったことに安心していた。
「死者がなくてよかった。その後はどうなったのだ?」
安堵の笑顔に引っ張られたのか、ケイシーも笑顔になっている。
「その後はもう、魔界で籠城のような状態が続いています。でも魔界がこんな風になっているなんて、きっと天界の天使たちは知らないと思います。こんなの異常なことだと思いますからね。それに天界が魔界を制したと言っても、元は魔界だった場所に行きたがる天使なんていません。天使軍も来なければ、ただの天使もやって来ない。もはや打ち捨てられた場所ですね」
その言葉に、大きなため息をつくことになる。
打ち捨てられた場所になった魔界。
いるのは元天使軍の騎士たちのみ。
なんのために魔界で暮らしていた悪魔は、地上へ堕とされたのだ……?
「マティアス様のお気持ち、よく分かります」
ハッとしてケイシーを見た。
「魔界にいるのは元天使軍だった騎士たちだけで、打ち捨てられた場所になってしまった。でもここには元々多くの悪魔が住んでいました。その悪魔は皆、翼と魔力を奪われ、地上へ堕とされてしまった。なんのために堕とされたのだ、と思いますよね。それは我々も同じ気持ちです。ですから我々は今、毎日のように、主に向けこう祈っているんです。『地上に堕とした善良な悪魔を魔界へ戻してください。罰すべき悪魔を地上へ残し、罪なき悪魔は魔界へ戻してください』と」
なるほど。
これか。
これなんだな。
最初は天使同士が争いになったことが、主とミカエルが言う「予期しなかった事態」かと思った。
だが事態はもっと深刻だ。
天使が悪魔を助けるために、主に祈りを捧げている。
それも一人や二人ではない。
この魔界に残っている、元天使軍の騎士約3万が毎日祈っているのだ。
これはさすがに主もミカエルも無視できない。
善良の定義が難しいと言えば難しい。だが少なくとも天界との争いが終結した時点で、魔界に残っていた悪魔は、俺としては善良な者が多かったと思っている。
天界との争いを終結したいと思っていた悪魔も多かったし、捕虜にした天使にも親切に接していたはずだ。
悪さをした悪魔はそのままに、善良な悪魔を魔界に戻す。
祈りの内容に理不尽なことは含まれていない。
しかし……。
いくら主と言えど、奪った翼と魔力を、人間になった元悪魔に戻す、なんてことはできない。なぜなら主の教義の中で、悪魔は滅すべきものだからだ。せっかく無力化し、人間にした悪魔を元に戻す……それは無理な話だった。
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次回更新タイトルは「なぜ俺に?」です。
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