温泉旅館
九月半ばに小説、写真集、ハロウィン向けコスプレ衣装が発売された。
同時にSNSを使ったプロモーションが展開されると、仕事の依頼件数が劇的に増えた。
田中さんは見事な手腕で仕事を調整し、ソフィアと俺が着実にキャリアップできるようにしてくれた。
「観光ピーアルのお仕事ですか?」
事務所で新しい仕事の打ち合わせを終え、マンションに戻ろうとした俺たちを田中さんは呼び止め、晩御飯でも食べに行こうと声をかけた。
そして寿司屋の個室に到着し、まずはお疲れ様の乾杯をした後に、田中さんが上機嫌で切り出したのが、七姫市の観光ピーアルの仕事だった。
七姫市にある観光地を紹介するピーアル動画、ポスター、SNSへの出演の仕事だった。
「国内外の観光客を増やしたいということで、二人に白羽の矢が立ったんだ。ソフィアで海外の観光客を、マティアスで異世界のお客様の来訪も歓迎です、とアピールしたいらしいんだ」
元魔王なのだから仕方ない(?)と思うのだが、俺は小説とは関係なしに魔王キャラとして起用されることが多かった。
「七姫市……ここからですと電車で一時間弱で行けますよね。観光地を紹介するということは、現地に行くことができるのですか?」
「そうなんだよ。君たち二人、頑張ってもらっているから慰労も兼ねて、三泊四日で七姫市に行ってもらうつもりなんだ。ロケは二日間の日程だから、三日目は観光するなり、温泉に入るなり、自由にしてもらっていいよ」
「温泉があるんですか!」
ソフィアの目が輝いた。
仕事が休みの日、ソフィアはよくネットで日本の世界遺産を紹介する動画や観光地を案内する動画を見ていた。それは日本という国を知るために見ていたのだが、隣で一緒に動画を眺めるベラに「素敵な場所ですね。いつか行ってみたいですね」とよく話していた。
温泉ももちろん行ったことなどなく、喜ぶのは当然だった。
ソフィアはかなり嬉しかったようで、田中さんとの食事会で初めて白ワインを注文し、ご機嫌のほろ酔いで帰宅した。
◇
それから二週間後。
俺とソフィアはロケバスに揺られ、七姫市にやって来ていた。
十月に入り、俺たちが住む場所はまだ半袖で過ごせたが、山間にある七姫市は薄手の長袖が丁度いいぐらいだった。
つまり暑すぎず、寒すぎずの絶妙なタイミングでロケをすることができた。
広大な敷地の公園、美術館、体験スポット、お土産屋、飲食店など一日がかりでロケして回った。もちろん仕事ではあったが、ソフィアはどこに行っても目を輝かせ、嬉しそうにしていた。
その姿は写真と動画に収められたが、多分、これを見た人は足を運んでみたくなる仕上がりになるだろうと思えた。
◇
一日がかりのロケを終え、旅館に到着した。
和を感じさせるとても美しい旅館で、エントランスを見ただけでソフィアは感動していた。
俺たちを送り届けたスタッフによると、昭和初期に建てられたが、平成に入り全面改装をしたという。海外セレブも宿泊する旅館で、一泊十万円以上するため、スタッフは別のホテルに泊まるとのことだった。
「私たちだけいいのでしょうか、マティアス様」
ソフィアは去っていくスタッフを見送りながら俺を見た。
「田中さんが慰労も兼ねてと言ってくれたから、たまにはいいんじゃないか」
「そう言われると田中さんのためにもお仕事頑張らなきゃですね」
「そうだな」
部屋に案内された俺たちは、その広さに驚いた。
だがそれ以上に驚いたことがあった。
部屋はとても広いのに、二組の布団がぴったり隣同士がくっつくように敷かれていたことだ。
「三泊目はお食事付きですが、今日と明日はなしということですので、ぜひ大浴場で汗を流されてはいかがでしょうか。もちろんお部屋にも源泉かけ流しの温泉がありますので、そちらもお楽しみいただければと思います」
案内係はそう言うと部屋を出て行った。
「マティアス様、すごいですね、このお部屋。ロルフとベラも連れてきたかったかな~」
ソフィアは大喜びで部屋の中を見て回り、「あ、見てください。照明に照らされたお庭が綺麗ですよ」とか「すごーい! お部屋のお風呂は露天風呂になっているのですね!」と大喜びだった。
布団のことをソフィアは全然気にしていないようなので、俺も意識することをやめた。
「ソフィア、明日も早いし、とりあえず温泉、入りに行こうか」
「そうですね!」
ソフィアは嬉しそうに微笑み、準備を始めた。
……こんなに喜ぶのなら、一年に一度ぐらい、ロルフやベラを連れて温泉に行ってもいいかもしれないな。
「行きましょう、マティアス様」
ソフィアと俺は部屋を出た。
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次回更新タイトルは「浴衣姿、ほのかな色気」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼
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バトルパートでは激しい戦闘もあればコミカルな戦いもあり
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少しでも興味を持っていただけましたら、来訪いただけると幸いです。




