なぜ悪魔の隊服を着ている?
「この通路は一人ずつしか通れないから、先頭はおれから行こう」
あの一人しか通れない細い通路に着くと、エウリールはそう言って、さっさと通路に入ろうとしていた。
「いや、待て、エウリール。ここから先は例え神の力で満ちていても、魔界だ。俺が先に行くよ」
「いや、マティアス、この先で何が起きているか分からないから」
「それならなおのこと俺が」
しばしエウリールと押し問答をした後、俺が最初に入ることで落ち着いた。
俺の次にソフィア、そして最後がエウリールだ。
狭い通路をゆっくり進む。
通路の長さは五メートル程度。
あっという間に魔界側についたその瞬間。
「動くな」
鋭い声で言われ、動きを止めた。
背後でソフィアが息を飲む気配が伝わってくる。
「剣を腰に帯びているな。背には弓矢もある。……騎士だな。何をしに来た?」
声の方を見る。
綺麗なバターブロンドの髪、琥珀色の瞳、白い肌、純白の翼。
どこからどう見ても天使だった。
でも着ている服は、グレーのシャツに黒のネクタイ、そして腕章のついた黒のジャケット。グレーのズボンに黒革のロングブーツ。
魔王城の警備につく兵士への支給品の隊服、それを天使が着ている。
よく見ると、俺に向けられている矢も、悪魔軍が使うものだった。
「おい、お前、天使なんだろう? なぜ悪魔の隊服を着ている?」
純粋な疑問だ。
「うるさい。質問をしているのはこちらだ。何をしに来た? 答えろ」
同じ天使のはずなのに、俺に向けられる視線は……。
まるで敵に向けられる視線そのものだった。
「服がないのか? 魔界を占拠した天界軍から、衣服を与えられなかったのか? まあ、衣装まで準備して、ここまで遠征していなかったのか。でも大丈夫だ。天使が着ていた服は、破けたり、傷んでいたりしなければ、被服管理課で回収していたはずだ。そこで修繕をして、必要とする天使には、サイズが合うものを再配布させていた。各村の代表にも、そのことは話していた。村の入口に設置した共有倉庫の中に、一枚や二枚、キトンが残っているんじゃないか?
魔界に来たばかりの天使は、着慣れたキトンを着たがった。だが滞在が長い天使は、魔界の服をそのまま着るようになっていた。もしかするとお前は、魔界暮らしが長いのか? それにお前が着ているそのジャケットについたエンブレム、コウノトリの紋章。それはシャックス侯爵のものだな。シャックス家に管理を任せていた村の天使か? もしくは……。シャックス家には三人の令嬢がいた。次女のジゼルは天使を婿に迎えたはずだが、もしかしてそれがお前か? 名は確か……」
「待て。お前、何者だ⁉ なぜ天使なのに魔界について、いや悪魔についてそんなに詳しい⁉」
思わずため息が出た。
「この姿だからな。信じてもらえないかもしれないが、ここは元々俺が支配していたからな」
「……⁉ お前、何を言っている……?」
怪訝そうな顔で、その天使はこちらを見ている。
「魔力も翼も奪われ、俺は地上へ堕とされた。地上ではいろいろあってな。人間となったが、運悪く大天使ラファエルの力が直撃し、天へ召された。地上に堕ちてからは、ただの人間として生きていた。つまり罪なき人間が、大天使により殺されたというわけだ。その結果、その魂は天に召された」
「まさか……」
弓をひく腕の力が、少し弱まる。
「俺だってビックリした。なにせ俺は魔王だった。魔王が人間になり、今度は天使になったんだ。そんなこと前代未聞だろう?」
天使の顔には、驚愕が浮かんでいる。
「本当は、漆黒の闇のような髪をしていたし、黒曜石のような瞳をしていた。ほどよく日焼けしたような褐色の肌に、美しい黒い翼を持っていた。どうだ、今の俺がその姿をしていたら、誰に見える?」
天使は、想像している。
俺をじっと見て、髪の色を黒くし、瞳の色を黒曜石に置き換え……。
しばしの沈黙の後、その天使は構えていた弓矢を完全に下ろした。
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次回更新タイトルは「焦るエウリール」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
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