たったの三年でも待ちきれなかった
宿を出発して一時間もすると、遠くにそびえたつ塀が見えてくる。
さらに二時間ほど飛行すると、塀の姿がハッキリ見て取れた。
「ここからは徒歩で行くか。30分も歩けば塀につく。下は一直線の道で、道の両側に白い薔薇が咲いている。とてもいい香りがするぞ」
エウリールの提案に、ソフィアは瞳を輝かせ、徒歩で向かうことに賛成した。
ソフィアが賛成なら、当然俺も賛成だ。
ゆっくり高度を下げ、下道に降り立った。
「なんて美しい……」
感嘆の声をあげたソフィアは、目を閉じ、深呼吸をしている。
道沿いに咲く白い薔薇はどれも満開で、とても美しかった。
さらに華やかな香りが辺り一面に広がり、沢山の蝶がゆらゆらと舞っている。
「やっぱりソフィアはここが好きなんだな。マティアスに会うために、同じように空を飛び、ここへ降り立った時もそうやって花を見て喜んで、芳醇な香りを思いっきり吸い込んでいた」
「そうなんですか……! マティアス様にお会いしたあの日にもここを……!」
まるでその記憶を確かめるように、ソフィアは咲き誇る白い薔薇を眺めた。
「……忘却の矢を受けたので、まったく思い出せないのですが」
ソフィアが振り返り、俺を見ると、ゆっくり歩き出した。
「ここを歩いた私は……胸をときめかせていたと思います。だって、三年ぶりだったんですよね、マティアス様に会うのは。しかも人間だった時の私は、マティアス様のことが好きなのに、その気持ちを伝えることもなく、その想いを胸に秘めたまま天界へ召されていた。今度こそはちゃんと気持ちを伝えないと、そう思っていたはずです」
再び振り返り、俺を見て、そしてまた歩みを進める。
「早く会いたい。顔を見たい。話をしたい。そうやって気持ちを逸らせながら、この道を進んだのでしょうね。……もし忘却の矢を受けることなく、そのままマティアス様と再会してお城へ向かっていたら……マティアス様と私はとっくに婚儀を挙げていたのでしょうか」
ソフィアが少し先で立ち止まり、こちらを見た。
足早にソフィアに追いつくと、その体を抱き寄せる。
「そうだな。その時の俺はたったの三年でも待ちきれなかっただろうし、ソフィアの記憶がちゃんとあるなら、きっとそのまま婚儀を挙げていただろう。その後の千年後は……魔界は滅びなかったか?と、言われると……。滅びの道は避けられなかった。そうなると……」
エウリールが横に来て、こう声をかけた。
「今となっては、忘却の矢に撃たれて正解だったかもしれないぞ。魔界の滅びはマティアスの言う通り、避けられなかっただろう。そして天界は、魔界と永続的な和平を結ぶつもりなんて、これっぽっちもなかったからな。そうなれば、王と王妃を地上へ堕とす時は、当然離れ離れにしたはずだ。しかも二人の再会を天界は望まないだろうから、徹底した監視と妨害がなされただろう。もしかすると、地上へ堕としてから忘却の矢を使われたかもしれない」
ソフィアはエウリールが言ったもしもの未来を想像したようで、背に回した手で、俺のキトンをぎゅっと掴んだ。
「大丈夫だよ、ソフィア。そんな未来にはならなかったのだから」
「……マティアス様」
「あー、俺は先に行くぞ」
エウリールが気をきかせ、早歩きで道を進んでいった。
俺はソフィアの頭をゆっくり撫でる。
「ここは美しい場所だ、ソフィア。だから次にここに来たら、綺麗な白い薔薇を見て、いい香りを胸に吸い込んだ時、嬉しい記憶がよみがえるようにしよう」
頭を撫でていた手をそのまま頬に添え、優しくキスをした。
ゆっくり唇を離し、その耳元で甘く囁く。
「もう絶対にソフィアのことは離さない。大丈夫。ミカエルの仕事をさっさと片付け、家に帰ろう。いや、神殿へ行こう」
ソフィアは静かに頷き、体を預ける。
その体を抱きしめ、思いっきり薔薇の香りを吸い込んだ。
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次回更新タイトルは「なぜ悪魔の隊服を着ている?」です。
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