一件落着
ハッとした表情の小笠原久光が、こちらを見て、口を開いた。
「マティアス、お前はさっき、ガブリエルの嫁、と言ったな? 大天使なのに……結婚しているのか⁉」
「……アクラシエル、大天使の婚姻の件は、地上では公になっていないのか?」
アクラシエルは頬を赤く染めて答える。
「そうですね。人間は大天使を高潔なものと思っているので、その幻想を壊さないため、秘匿されているのかもしれません」
「なるほど。小笠原久光、天界にも秘め事はあるということだ。大天使の件は、お前とそこの式神の胸の内に留めておいてくれ」
小笠原久光がニヒルな笑みを浮かべた。
「なるほど。世界を揺るがす真実だ。ぼくが大天使に嫁がいると主張したところで、極東のガキが、キャンキャン吠えているとしか思われないだろう。だが、一人の人間として実に興味深い事実を知ることができたよ」
「……マティアス様、アリエルは……どうなったのでしょうか? 主の白い炎に焼かれたのでしょうか……?」
ようやく落ち着いたソフィアが、ゆっくり体を離しながら、俺を見る。
「ソフィアさん、それはないと思いますよ。アリエル様はガブリエル様と共にありました。その身には、ガブリエルによる加護が与えられています。そして二人は正式な婚姻関係を持っており、その立場は等しいもの。恐らくアリエル様もまた、ガブリエル様同様の裁きが、主によって下されたと思います」
アクラシエルが俺に代わって答えてくれた。
「なるほど……。では二人とも地上に人間として堕とされ、修行の身に……」
「そうだと思います」
ソフィアの問いかけにアクラシエルは頷く。
「しかしphantomとMisfitが急にいなくなって、関係者は混乱だろうな。いやエウリールのことだ。もう手を回しているか」
俺がそう言ったまさにその時。
「ふふ。マティアス、あなたは相変わらず勘が鋭いですね。人間が混乱しないよう、これから調整するつもりです」
「エウリール!」
ソフィアと俺は同時に叫んだ。
「残念ながらもうウリエルですよ、マティアス」
エウリール……ウリエルは微笑を浮かべる。
「……これがウリエルなのか」
小笠原久光が眩しそうにウリエルを見ている。
大天使の姿を視認できているのか……?
見えている、のだろう。
極東の陰陽師。忘れることができなさそうだ。
「ああ、あなたは日本の最強エクソシストの小笠原久光ですね。……どうしましょうか。あなたとそこの式神の記憶」
「おいおい、こんな奇跡を目撃させておいて、それを消すなんて言わないでくれよ。ぼくもここにいる二人も口は堅い。何も誰にも話さないよ。ちゃんと墓場まで持っていく」
小笠原久光の言葉にウリエルは……。
「ふふ。よろしいでしょう。その言葉を違えたとしても、わたくしの力で簡単に修正できますから」
これにはさすがの小笠原久光も、ぐうの音も出ないようだ。
「ではわたくしはこれから後処理をしますから。マティアス達は天界へ戻るといいでしょう」
ウリエルは俺の肩に手を置くと、耳元に顔を近づけた。
「地上での一件が片付いたらすぐに神殿へ連れて行ってやる。だからあと少し我慢しろ」
そう囁くと俺から離れ、その瞬間に姿が消えた。
「ソフィア、アクラシエル、一度神の家に戻り、着替えをしたら、天界へ戻ろう」
ソフィアとアクラシエルが頷く。
同時に三人とも翼を広げた。
それを見た小笠原久光は目を細める。
「美しいな。本当に……」
俺は小笠原久光に手を差し出す。
「小笠原久光、エミリアを解放してくれてありがとう。何より、悪魔に対するお前のスタンスはとても気に入った。これからも道を外す悪魔がいたら、調伏して式神にしてやってくれ。天使に狩られるよりよっぽどいい」
小笠原久光と握手を交わすと、彼は初めて笑顔を見せた。
「ああ、分かった。だが、ぼくが調伏するような悪さを悪魔がしないことを願うよ。……エミリアもせっかくお前に助けられたんだ。二度と人間には、悪さはしないだろう」
チラッと視線を送られたエミリアは「分かっているわよ」とばかりに頷く。そして黒い羽を広げた。
「じゃあな、小笠原久光」
「ああ、マティアス」
この言葉を合図に手を離し、俺たちは神の家に向け飛び立った。
エミリアもまた、店に、皆の所へ向かい移動を開始する。
小笠原久光は手を振ることもなく、無言で空を見上げ、俺たちを見送った。
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次回更新タイトルは「帰りましょう、天界へ」です。
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年末年始のお休み・冬休み、皆さんはいつまででしょうか。
明日からお仕事の方、学校の方は、気持ちも新たに頑張りましょう~!




