元悪魔、〇〇を演じる
田中さんは俺とソフィアをスカウトしたが、本来そんなスカウトをするような役職の人ではなかった。偶然ソフィアを見かけ、あまりの美しさに昔やっていたスカウト時代の血が騒ぎ、声をかけただけだった。
田中さんは小説の発売に向け、部下に指示を出し、SNSを中心に、俺とソフィアの情報を発信し始めた。
元々、俺とソフィアはネットで話題になっていたので、オフィシャルのSNSが登場するとすぐに人が集まった。
するといろいろな企業から声がかかるようになった。
田中さんはその企業を厳選し、堅実に俺とソフィアを売り出してくれた。
◇
「ジュエリーの広告塔、ですか?」
田中さんからの電話に出たソフィアが、驚きの声を挙げていた。
「はい、はい。なるほど。分かりました。ご連絡、ありがとうございます」
しばらく田中さんと話し、電話を切ったソフィアの顔は輝いていた。
「マティアス様、大変です! 私たち、世界的に人気なジュエリーブランドの広告塔に抜擢されました」
ソフィアによると、その世界的なジュエリーブランドは、若者層へのアプローチを強化していた。そして今年のクリスマス商戦に向け用意した新作を、SNSを中心にたネット上でアピールしたいと考えていた。そしてSNSを中心に人気があり、かつ新作の方向性と合致するという理由で、ソフィアと俺が広告塔に選ばれたのだ。
今回、通常のスチール撮影に加え、SNSやネットへ投稿するためのショート・ムービーも撮影することになった。
演技レッスンは田中さんから言われ受けていたものの、まさか本当に仕事として演技をすることになると思わず、俺もソフィアも戦々恐々だった。
ブランドの担当者や代理店などとの会議を重ね、用意された台本を見て、ソフィアと俺は演技うんぬん以前のことで驚いた。
それはショート・ムービーが描くストーリーに対してだった。
「どうしましょう、マティアス様、私、天使を演じることになりました……」
ソフィアは茫然としていた。
これにはベラが大爆笑で、ロルフはそんなベラをたしなめるのに必死だった。
「……まあ、天使との戦闘も遠い……いやまだそんなに経っていないが、過去の出来事だ。ここは地上……人間が暮らす世界だ。深く考える必要はないよ」
本当は……ソフィアが天使を演じることはいろいろな意味で反対だった。
だが地上で生きていくために、せっかくの大きな仕事を断ることはできなかった。
会社としてもこの世界的なジュエリーブランドと組むのは初めてのことであり、田中さんもとても喜んでいた。
社を挙げて応援するよ、とまで田中さんは言ってくれた。
俺たちの地上での生活を守るため、そしてお世話になっている会社のために、この案件はどうしても成功させなければならなかった。
「マティアス様がそう言っても、地上に暮らす他の悪魔が目にするかもしれないんですよ……」
「いや、それは気にする必要がない。すでに俺とソフィアはSNSで話題になっているが、誰も声をかけてこない。大丈夫だよ、ソフィア」
「私だってバレないぐらい濃いメイクをして欲しいです……」
ソフィアは涙目だった。
だが。
希望は叶わず、撮影当日、メイクを終えたソフィアの顔はすっぴんに近い薄いメイクだった。
そして白いシンプルなワンピース、背中の白い羽根、その姿は天使そのものに見えた……。
ソフィアは今にも泣きそうな顔で俺を見た。
「大丈夫だよ。女悪魔は妖艶だが、女性の天使は美しい。美しいことは悪いことではない。俺は妖艶な女性よりも美しい女性がいいなって思う。だから今のソフィアを見るととてもドキドキするよ」
俺の思いがけない言葉にソフィアは驚き、瞳から涙が消え、頬がバラ色に輝いた。
「……マティアス様にそう言っていただけるのなら……。精一杯、頑張ります!」
ようやくソフィアの顔に笑顔が戻り、撮影が始まった。
ショート・ムービーのストーリーはこんな感じだ。
天使は空から地上を眺めていて、ある一軒のお店に目が留まる。
ショーウィンドウ―に飾られた美しいジュエリーに心惹かれ、人がいない早朝に天使は地上へ舞い降りる。そしてショーウィンドウのジュエリーを眺めていた。
そこに通りがかるのが俺だった。俺は美しい天使に心を奪われる。
天使が去ると、俺はショーウィンドウを見て、彼女が見ていたものを確認する。
クリスマス。
この日、天使は自由に地上へ降りることができた。
町にはサンタが溢れ、天使の姿をしていても、とがめる人もいないからだ。
天使はお気に入りのジュエリーを見ようとして地上へ降りてきていた。
でもショーウィンドウにそのジュエリーはなかった。
天使ががっかりしたその時、俺はそのジュエリーを手に、天使に声をかける。
メリークリスマス、君へのプレゼント、と。
……まさか、魔王だった俺がメリークリスマスと呟くことになるとは……。
一瞬自虐的な気持ちになるが、これが現実だ。
俺は自分に与えられた役を懸命に演じた。
◇
九月に入ったが、暑さは厳しかった。
地上に落ちてから一か月以上経つが、この国の湿度の高い暑さにはまだ慣れることはなかった。
演技のレッスンを終えた俺とソフィアは自転車でマンションまで移動していた。
ソフィアはこの日本で生きて行くと覚悟を決めていた。
仕事でまとまった金額のお金を得ても、ソフィアは無駄遣いすることなく、質素だが心が貧しくなることのない生活を作り出してくれていた。
こうやって自転車に乗るのも本来は節約のためなのだろう。
でもソフィアは「お仕事で体型維持は必須です。仕事での移動は車中心なので、オフの日やレッスンの日は自転車を使って体を鍛えましょう、マティアス様」そう言って、ちょっと奮発してこの自転車を購入した。
「マティアス様、休憩しましょう」
ソフィアに言われ、河川敷の東屋で休憩をすることにした。
水分補給のためにソフィアが用意してくれた水筒の麦茶を飲んだ。
まだ半分ぐらいは凍っていて、とても冷たくて美味しかった。
「は~。生き返りますね」
同じく麦茶を飲んだソフィアはサングラスと帽子を外した。
城にいた頃には想像しなかったソフィアの姿。
汗を拭ったソフィアは日焼け止めを塗り始めた。
「……ソフィアは城にいた頃と、今の生活、比べてみてどう思う?」
俺の言葉にソフィアはクリームを塗る手を止め、しばし考えた。
「……なんだか人生をリセットしてゼロからやり直している感じですかね。お城にいた時はいろいろ恵まれていたんだと改めて思いました。……全然違う文化のこの国で生活するのは大変なことですが、でも楽しいですよ。お城の静かな生活に比べ、何が起きるか分からないのでいつもワクワクしています」
ソフィアは元気な笑顔だった。
「マティアス様はどうなのですか?」
「……そうだな。ソフィアが言うように完全にリセットされた感じだ。こんな生き方もあったんだなって。ソフィア、ロルフ、ベラ。みんな城にいた時と同じメンバーだ。それなのにこの四人で城にいた頃とはまったく違う生活を送っている。不思議な感じだよ」
「そうですよね……。ロルフもベラもずっと仔犬と猫の姿のままだから、不思議な感じです」
「……それは可哀そうなことをしているな。もう、二人を元の姿に戻して、エミリアに頼んで身分証を作ってもらうか……」
「田中さん、突然同居人が増えたらビックリですかね」
「まあ、そうなったら自分達で部屋を探して引っ越さないとな」
「そうですね」
ロルフとベラを戻すなら、もうそれは完全に覚悟を決めたことになる。
それならばソフィアも……。
「あ、田中さんから電話です」
ソフィアはアームバンドで腕にとめていたスマホを外した。
「はい、ソフィアです。大丈夫です。今、レッスンが終わって、マンションへ帰る途中です。ええ、はい。はい。へえー。そうなんですね! はい。分かりました!」
通話を終えたソフィアは微笑んだ。
「マティアス様、新しいお仕事です!」
昨日に続き来訪いただけた方、ありがとうございます!
この投稿を新たに見つけていただけた方も、ありがとうございます!
次回更新タイトルは「コスプレで別人に」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼
【お知らせ】4作品目更新中
『歌詠みと言霊使いのラブ&バトル』
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バトルパートでは激しい戦闘もあればコミカルな戦いもあり
恋愛パートは思春期の男子らしいHな描写もあれば、甘く切ない展開もあります。
仲間との友情も描かれています。
全67話で、初となるお昼の時間帯、11時に数話ずつ公開しています。
少しでも興味を持っていただけましたら、来訪いただけると幸いです。




