眠るソフィアのおでこにキス
「次は……後ろから抱きしめられるはクリアできたわけだけど、今度は向き合って見つめ合うシーンはどうだ? 魔王の何気ない一言に令嬢が心を動かされるから、多少照れても大丈夫そうだけど」
ロルフの言葉に早速挑戦することにした。
俺はソフィアと向き合うと、小説に書かれていた台詞をそのまま口にした。
「お前との出会いは偶然なんかじゃない。わたしはずっと、お前のことを探していたんだ」
この言葉は……俺の気持ちを代弁しているようだった。
台詞は普通に口をついて出たが、そこに込められた想いは、ソフィアを見る眼差しに込めてみた。
ソフィアは俺の目を見て、何か感じたようで、頬がほんのり色づいた。
「あらあ、いい感じじゃない」
「いいと思う。なんか見ているとオレがキュンとした」
ベラとロルフも絶賛し、このシーンは問題なさそうだった。
「じゃあ、次。正面から抱き合っている二人。魔王の存在に気づいた令嬢の婚約者が、無理やり令嬢に迫ったところを魔王が助け出して抱き合うシーン。まだ魔王と令嬢はつきあっているわけじゃないけど、この一件で令嬢の気持ちは魔王にぐっと傾くと」
「これって、令嬢から魔王に抱きつくのかしらね?」
ベラの疑問にロルフは
「魔王が助け出すんだから、魔王が抱き寄せるんじゃないか?」
そう言われるとどっちが正解か分からなかった。
「当日、スタッフから指示がはいるだろうから、とりあえず今回は二人が同時に歩み寄って抱き合う、という設定にしてみよう」
俺の提案にソフィアは頷き、ロルフとベラも同意した。
「じゃあ、始め!」
ロルフの言葉を合図に俺はソフィアを見た。
「えっ」
思わず声が出てしまった。
今にも泣きそうで、でもそれをこらえ、必死に俺のもとへ駆け寄ろうとするソフィアのその表情はとても演技とは思えなかった。
何があった?
そう声をかけたくなる表情だった。
迷うことなくソフィアに駆け寄り、その体を守るように優しく抱きしめた。
信じられないぐらい心臓が高鳴っていた。
俺の胸の中にいるソフィアにはそれが聞こえてしまうと分かっていたが、それでも構わないと思うぐらい気持ちが高ぶってしまった。
ソフィアは遠慮がちに俺の背に回していた腕に力を込めた。
俺とソフィアは無言で抱き合っていた。
「あー、マティアス、もうそろそろいいんじゃないか?」
ロルフの言葉で我にかえり、慌ててソフィアから離れた。
あれだけいつも自制しているのに、ソフィアのあの表情一つでこんなにも心が揺さぶられてしまった……。
深呼吸して気持ちを静めた。
「えーと、じゃあ次は少しクールダウンで、令嬢と魔王のダンスシーン。二人ともこれは得意だろう?」
クールダウン。
ダンスなら城で開催する舞踏会で俺もソフィアも何度も踊っているから問題なかった。
ポーズを決め、見つめ合っても、それは舞踏会のダンスの延長に感じられた。
俺もソフィアも照れることなく、きちんと決めることができた。
「そうしたら次は眠る令嬢の部屋に忍び込んだ魔王が、令嬢のおでこにキスをするシーン」
これは難易度が低く思えた。
まずソフィアは目閉じていればいいのだから、緊張しないで済むだろう。
俺もおでこにキスをするぐらいなら気持ちをコントロールできるはずだ。
「さすがにソファだと狭いから、マティアスの部屋で試すのでいいよな?」
ロルフの言葉に頷き、皆で俺の部屋に移動した。
「じゃあ、ソフィアはベッドに横になって」
ソフィアはロルフに促され、俺のベッドに横になったのだが……。
城にいた時、俺のベッドに横たわる女性なんて誰もいなかった。
だから、今こうして今朝俺が目覚めたベッドに女性が、しかもソフィアが目を閉じて横たわっているということに、なんだか落ち着かなかった。
エミリアのところに居候していた時、ソフィアは隣のベッドで寝ていた。
なんだかんだで寝顔は見慣れていた。
それなのに。
ただ俺のベッドで横たわっているだけで、なぜこんなにも気になってしまうのか……?
「そうしたらマティアス、出番だ!」
ロルフに言われ、ソフィアのそばに立つと……。
予想以上に気持ちが揺れ動いた。
ここは俺のベッドだ。
このままおでこにキスしたら、そのまま俺もベッドに横たわり、ソフィアを抱きしめ……そんな気持ちになっていた。
……まずいな。
深呼吸を何度かして、ソフィアの顔を見た。
……!
ソフィアの睫毛は小刻みに震えていた。
よく見ると、組んだ手に力が入っているし、かなり緊張していることが伝わってきた。
……俺のベッドで横になっていることに緊張している……?
さらに、いつおでこにキスされるのかが分からない。
そのことでも緊張しているように感じられた。
ソフィアに声をかけると、ゆっくり目を開けた。
「緊張しているか? 俺も緊張している。でも当日の撮影はスタジオのセットだ。だからそこまで緊張しないはずだ。お互いに」
「……マティアス様……」
そう言うとソフィアは「ふうーっ」と息を大きく吐いた。
「練習が始まってからずっと緊張続きでしたが、なんだか今の言葉で力が抜けました」
ソフィアが笑顔を見せた。
考えてみれば、これまですべてソフィアには経験のないシチュエーションばかりだった。
「よく頑張った」
俺はソフィアの頭にぽんぽんと触れた。
「おでこのキス、合図を送るから。それまでは深呼吸してリラックスしているといい」
ソフィアは俺の言葉に頷き目を閉じた。そして静かに深呼吸した。
俺も同じように深呼吸してから、小声で「ソフィア」と名を呼び、おでこにキスをした。
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次回更新タイトルは「シャンプーの甘い香り」です。
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