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プロローグ

その日、魔界の赤い月が地に落ちた。


何千年と続いた天界と魔界との戦いは、天界の勝利で終わった。


そう、魔界はこの日、長い歴史に終止符を打つことになった。


まさか俺の代で魔界が消えることになろうとは……。


魔界は天使軍に占拠され、どこもかしこも白く清められてしまった。


悪魔は一様に羽を落とされ、魔力を奪われ、人間が暮らす地上へ落とされた。


「では、刑を執行する」


大天使は冷たく告げる。


天使の騎士たちが一斉に俺の側近たちの背中を蹴った。


羽もない、魔力もない、身一つになった側近たちは、なすすべもなく地上へ落とされていった。


それは例外なく俺も同じだった。


「さらばだ、最後の魔王。人間として楽しい余生を送るがいい」


大天使自らが俺の背を優しく押した。


優しく押したとしても、落ちることに変わりはなく……。


俺は側近たちの後を追うように、地上へ落ちていった。



羽もないのに落とされて、無事に着地なんてできるのかと思ったが、人間達が暮らす町並みが見えてきた時点で、落下速度が緩くなった。


地面が見える頃にはふわふわ浮いているような状態になった。


つま先からゆっくり、大地に足をおろすことができた。


まあ、そうだよな。天使による大量殺戮なんて聞いたことないからな。


ということで降り立った場所を見渡すと、どうやら大きな公園のようだった。


先に着地していた側近の一人が、俺のそばに駆け寄ってきた。


「マティアス様」


「ソフィア、怪我はないか?」


ソフィアは俺の秘書だった。


地上で言うところの金髪碧眼で白磁のような肌を持っている。


聡明で、人当たりもよく、魔王の完璧な秘書と思われていた。


だが、実際はちょっと天然な可愛らしいところもある。


「私は大丈夫ですが、マティアス様こそお怪我などはないですか?」


「大丈夫だ。……しかし、ここはやけに蒸し暑いな。地上はこんなに湿度が高かったか?」


「……そこの看板の文字、漢字ですよね」


俺はソフィアが指し示した看板を見た。


「……そうだな」


「ここはアジアの島国です」


「……アジア、だと?」


「地上には多くの悪魔が潜伏しています。特にヨーロッパや北米に。でもこのアジアの島国……日本には悪魔はほとんどいません。妖怪などの先住民が圧倒的に多い国だからです。


大天使は、マティアス様が潜伏する悪魔と手を組むことを恐れたのでしょう。だからこそ悪魔がほとんどいない、この島国へ我々を落としたのかと……」


ソフィアは、魔界において、悪魔と人間の混血種が、人間と交わり生まれた悪魔に分類されていた。


つまり、魔界にいるが魔力はほぼない……というかソフィアに魔力はゼロだった。


魔力がないことを挽回するかのように、ソフィアは読書を通じてありとあらゆる知識を身に着けようとした。その結果、魔界のこと以外にもかなり精通していた。


もちろん地上、人間が暮らす世界についても詳しかった。


「……なるほど。地上に潜伏する悪魔が、魔王に協力なんてするはずないのにな」


「それは……確かに自由奔放にやりたいはぐれ悪魔が多いですが、魔王騎士団も任務として潜伏しています。彼らと合流すれば……」


「いや、今潜伏している騎士団は先代魔王の騎士だ。俺は地上に騎士を配備していなかった。それに俺は魔界を復興する気持ちはないよ。羽も魔力もないんだ。ただの人間として寿命を全うするよ」


「羽と魔力がなくとも、我々悪魔ですよ、マティアス様!」


ソフィアは魔力もなかったが羽もなかった。


だからこそ勤勉で人一倍努力をしていた。


「……そうだな」


俺はそう言うとソフィアの腕を掴んだ。


「だがソフィア、俺と二人、この地上ですべてを忘れ、穏やかに余生を過ごすのも悪くないと思わないか?」


「……マティアス様」


「ソフィア!」


「マティアス!」


俺の頭に側近の一人、ベラが降って来て、ソフィアの頭にももう一人の側近、ロルフが着地した。


「ロルフ、合流できて良かったです!」


ソフィアそう言うと、頭に乗っかるロルフを抱き上げ、胸の中で抱きしめた。


ロルフは狼犬の子犬の姿をしているが、本来の姿は俺と同じ男の悪魔だ。


ソフィアもそれを分かっているはずだ。


だが、その天然さえゆえなのか、ロルフがこの姿で現れると、今みたいに抱きしめてしまう。


ロルフは嬉しそうにソフィアの形のいい胸に頬を摺り寄せている……。


「マティアス~」


「おい、ベラ、降りろ」


頭の上のモフモフのベラ……ペルシャ猫を引きはがし、地面に降ろした。


「二人とも、魔力は奪われなかったのですか?」


ソフィアの言葉にベラがピンと尻尾を伸ばした。


「ロルフもあたしも全力で犬と猫を演じたら、天使の騎士たちはろくに調べず、エウリールにうちら二人を持たせてそのまま地上へぽいよ」


まあ、魔王である俺を押さえた時点で天使たちも気が緩んだのだろう。


「では二人はまだ魔力が使えるのですね⁉」


ソフィアは目を輝かせたが、ロルフもベラも微妙な表情だ。


「使えるには使えるが、残存魔力はそんなにない。いざという時のために温存した方がよさそうなレベルだ」


ロルフがソフィアの胸にうずもれたままぼやいた。


「そうなのですね……」


ソフィアはそこでため息をつき


「エウリールは? エウリールはどこに?」


「あいつならとっくにとんずらよ」


ベラが顔を舐めながら答えた。


「どういうことですか、ベラ?」


「ほら、エウリールは地上でもあっちこっちに女を作っているから。こんな極東にも女がいるみたいで。一目散でその女のところへ向かったよ」


まあ、エウリールは典型的な悪魔だ。


おのが本能の赴くままに動く。


俺の側近でいたことが奇跡なぐらいだ。


……城にいる時間は圧倒的に少なかったが、俺の任務には忠実でいてくれた。


「それで、どうすんのさ。もうすぐ、二十二時だよ。野宿でもするつもりかい?」


ベラの言葉に俺たちは黙り込んだ。


「あの……」


振り返ると人間の女性が三人いた。


「レイヤーさんですか?」


……れいやー?


もう何千年と生きているので地上の言語はあらかた把握しているが、久しぶりの地上、しかも初めての日本、知らない言葉が多い。


「は、はい。そうです!」


ソフィアが素早く反応した。


「やっぱり! クオリティ高いですよね。カラコンもめっちゃ似合っています」


「お二人ともものすごくイイ感じのゴシック調ですね」


「彼氏さん、ホント、魔王っぽい!」


この三人は何を言っているんだ……?


「あの、写真を撮ってもいいですか?」


三人のうちの一人、眼鏡に三つ編みの女性がソフィアに尋ねた。


するとソフィアは「もちろん」と答えた後に、悲しそうな顔になった。


「実は私たち、日本のアニメが好きで、来日したのですが……。先ほどパスポートやお財布の入ったカバンを盗まれ、途方にくれていたんです。これから大使館に行きたいのですが……」


ソフィアが瞳を潤ませると、三人は「そうだったのですね」「ヒドイ話」「信じられない」と憤慨し、その後三人は円陣を組んで何やら話し合いを始めた。


「あの、これで良かったら大使館へ行ってください」


三人を代表して眼鏡の三つ編みの女性が、紙幣をソフィアに差し出した。


「え、こんなによいのですか?」


「はい。せっかく日本のアニメが好きで来日してくれたのに、そんな目にあって……同じ日本人として恥ずかしいですし、お二人に日本を嫌いになってほしくないので」


「……ありがとうございます。スマホも……取られてしまい、連絡先の交換もできないのですが、どうしましょう。大使館に行ったら、あとでこのお金は必ず返金したいと思っているのですが……」


すると三人は揃って首を振った。


「気にしないでください。それは私たち三人の気持ちなので、そのまま受け取ってください。その代わり写真、沢山撮らせてください」


眼鏡三つ編み女性の言葉に、ソフィアは目尻の涙を拭い、「もちろんです」と微笑んだ。


まずはこの投稿を発見してくださり、ありがとうございます。

そして本文を読んでいただけたこと、心から感謝しています。


(2023/03/09 加筆)

初期投稿作のため、最初のエピソードは稚拙かもしれません。

ただ、【Episode3】魔界大騒動、特にラスト4話は、コミカル全開で楽しんでいただけると思います。


また、本作のスピンオフの悪役令嬢ものを現在更新しています。

『悪役令嬢ポジションで転生してしまったようです』

https://ncode.syosetu.com/n6337ia/

冒頭と後半にR15入りますが、基本コミカルにテンポよく話が進んでいます。

良かったらこちらもお楽しみください。

(2023/03/09 加筆)


【お知らせ】4作品目更新中


『歌詠みと言霊使いのラブ&バトル』

https://ncode.syosetu.com/n7794hr/


バトルパートでは激しい戦闘もあればコミカルな戦いもあり

恋愛パートは思春期の男子らしいHな描写もあれば、甘く切ない展開もあります。

仲間との友情も描かれています。

全67話で、初となるお昼の時間帯、11時に数話ずつ公開しています。

少しでも興味を持っていただけましたら、来訪いただけると幸いです。



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