エピソード1:扉
「え?」
そこには扉があった。なかったはずのものが目に映っている。信じられない出来事にリラは頭のなかで何度も確認した。
「エリが通り抜けていった時も、一緒に飛んでた時もなかったはず……ううん、絶対になかった。だってあったらどうしようかなんて悩んでないもん。じゃあ……」
そして最後にそうつぶやいて上目づかいで扉を見つめたきり、彼女はしばらくのあいだかたまっていた。やがてゆっくりと顔を戻し、エリに尋ねた。
「あそこに扉なんてなかったよね?」
「うん、なかった」
それにたいして彼女はわかるように大きく頷いた。
「見てたんでしょ? どんな感じだったの?」
「パッと、手品みたいに」
エリの答えを聞いてリラはただただ信じられないといった様子だった。だからか、彼女はもういちど扉の方を振り返ってそれを見たあと、顔を戻してエリの顔をジッと見つめてまたしばらくのあいだ黙りこくっていた。その様子を見ていたエリも彼女の邪魔にならないようにと口をつぐんでいた。
そうして二度目の沈黙を経て、リラは勇気を出して言った。
「ちょっと行ってみよう」
「うん」
彼女の勇気に応えるようにエリも力強く返事をした。その返事にリラもまた励まされて、彼女の心のなかにまだちょっとだけあった恐怖心は遥か彼方へと吹っ飛んだ。そうして互いに勇気を分かち合った二人は、突如として出現した扉へと体を向け、勇ましく歩いていった。そして扉の前に着いた二人は、ノブには触れず、まずは観察をはじめた。
それはこの部屋と同じようにもしくは雰囲気を壊さないようにあえてそうしているんじゃと思わせるぐらいにボロく、まるで長らく風に吹かれ雨に打たれ石ころかなにかをぶつけられて、いつしか塗装がはげ角が削れ少し切れ目が入ってしまった板切れのようだった。ただノブだけはなぜか今つけたばかりのように覗き込む二人の顔が映りこむほど綺麗だった。
「ねえ、エリならあそこ覗けるよね?」リラは扉の上部の切れ目を指さしながら言った。
「うん、できるけど……わたしが向こう側を見に行ったほうがはやいんじゃない?」
「まあ、確かにそうなんだけどさ。なにがあるかわかんないから一応ね」
「わかった」
そう返事をしながらエリは自分の提案を断ったリラの顔を前髪の隙間からジッと見つめていた。しかし、彼女はそのことに気がつかれるまえにサッと視線を外し、扉の上の方へとのぼっていった。そうして二人は――リラは這いつくばってほっぺたを床につぶれるくらい押しつけて、エリは頭を半分くらい枠につっこんで、それぞれ隙間から向こうがわをのぞきこんだ。