エピソード6:壁
そうしてひとしきり笑ったあと、リラはなみだを拭き肩で息をしながら
「ふぅ、それじゃ寄り道はこのへんにして、そろそろこれからどうするか考えないと」とすこし真剣な面持ちで言った。「それでなんだけど、エリはここがどこだかわかる?」
「ううん、わからない」エリは申し訳なさそうに首を振って答えた。
「じゃ、ここから出る方法もわかんないよね」
「うん」
そうエリが返事をしたあと、二人はしめしあわせたかのように同時に部屋をみわたした。ところどころはげかけているフローリングに崩れている壁、すみっこに陣取っているクモの巣、そして二人の頭上でぼんやりとした光を灯している電灯、このボロ部屋にあるのはこれだけ。そう、これだけしかない。
今の状況において一番大事なものが見当たらず難しそうな顔をしてリラは「うーん……」とうなりだした、一方でエリのほうはとくに変わった様子は見られないが、彼女は彼女なりに考えているようでじっと黙っていた。そうしてそれぞれでこの現状を打破できる策を考えだして三十秒ほどとても静かな時間が流れたころ、突然「そうだ!」とリラが声をあげた。
「エリの通り抜けだよ!」
「通り抜け?」
「そう! さっきあたしにやったみたいに壁を通り抜けて、外を見てくればいいんだよ!」
「なるほど」リラの案にエリは関心したようにうなずた。
「できる?」
「やってみる」
リラの問いかけにうなずくとさっそくエリはくるっと振り返って背後の壁へと向かった。そしていったん立ち止まるようなこともなく、エリにだけ見えているのか、まるで開け放れた扉から出ていくかのようにそのまま壁をすりぬけていった。
その様子をまじまじと見ていたリラは、そのあまりの自然さに「本当に壁なんかないんじゃ?」と思わずにはいられず、後に追いかけて壁へと歩いていったが当然ながら生身のリラは通り抜けることなくぶつかってしまった。当たり前の結果とはいえ自分にはできないとなるとやっぱりガッカリで「ダメかぁ」とペタペタと壁に触りながら心のなかでつぶやいたら、ふと「でも、これを通り抜けるってどんな感じなんだろう?」そんなことが気になった。
それでためしにさっきのところまでさがってもういちど壁に向かっていった。ぐんぐんと大きくなる壁、それにつれてよく見えるようになるヤスリのようなザラザラとした壁の目と徐々に真ん中へと寄っていくリラの目、そして彼女のほうの目がひとつになるかと思うほど近寄ったころ、エリにいともたやすく折られてしまって元通りになったはなっつらが先に壁とくっついた。
「うわっ」
しかし、さすがに目がきつくてすぐに後ろへさがった。そして何回かまばたきをしたあと彼女は思った。
「やっぱりちょっと怖い? かも」
リラがそんなふうに感じたのはいくら通り抜けられると強く思っていても、いざ壁がすぐそこまで迫ってくるとどうしてもぶつかると思ってしまうから。自分が生身の人間でぶつかるものだという当たり前を拭い去れないのだ。そのことに気がついた彼女は、エリのあの自然さになんだか胸が詰まるような思いがし、そしてその技? に興奮していたのが悪いことのような気がして、もうやめようと考えもとの場所へ戻りおとなしくエリの帰りを待つことにした。