エピソード8:未来は、将来は、
「へえ、そんなことがあったんだ」
「うん」
おやつの時間が始まってから時が経って、ふたりの場所はオバケのすすめで窓際に移っていた。肩を並べて、美味しい飲みものとお菓子とがあって、ここだけの景色もひらけ、話は尽きることなく広がり今は離れ離れになっていたときに起こったことを聞き合っていた。リラはひとくち果汁ジュースを含み、続けた。
「それにしても好きなだけ食べたり飲んだりできるのはいいね」そう言ってもう一口飲んだ。
「うん、今だけの特権」
そう言いながらエリは月光の名前を冠したクッキーを一枚手に取った。しかし味わうことはなく、窓の外の想像の未来にかさねて、それをじっと眺めている。その視線は胸が詰まるほど儚げで、リラは聞かずにはいられなかった。
「エリ、どうしたの?」
するとエリはハッと我に返り
「あ、ううん、大丈夫」とクッキーを小さくかじった。
それでリラは口を閉じた。気まずさがたちこめる。彼女はすこし考え込んだのち言った。
「ねえ、エリ。思うことがあったらなんでも言って」
その言葉にもうひとかじりしていようとしていたエリの口が止まり、顔がリラのほうへとかすかに動く。目と目がぶつかり、エリはサッと顔を戻すとクッキーをさっきよりも大きく食べた。もぐもぐと動く口。リラもすこしの間そのままエリのことを見ていたが、やがて視線を外すとバウムクーヘンを食べ始めた。しばらくしてエリの口の動きがゆっくりそして小さくなると、彼女は口の中のものを飲みこみ、それからお茶をちょっといただくとリラを見て言った。
「リラはどうなると思う?」
しかし、折りわるくリラの口のなかにはバウムクーヘンが入っていたので、彼女はいそいでそれを飲みこもうとしたが飲みこめず、ジュースで流し込もうとコップを掴んだ。それを見てエリは慌てて言った。
「ごめん、ゆっくり食べて」
リラはそれにうなずいて、でもいつもよりははやめに噛んで、バウムクーヘンを片付けジュースをひとくち飲むと言った。
「ありがと。それでなんだっけ?」
「どうなるかなって話」
「どうなるって何が?」
首をかしげながらリラが尋ねるも、エリは外を見ただけだった。リラはさらに角度をつけたあと、同じように前を向いた。窓の向こう側では日が傾き茜色に染まった夕空を背景に、天を衝くようなビルが立ち並びその間を車がヒヤッとするような速度で飛び交い、よく見ればここのオバケが持っていた透明なパネルをまったく同じ見た目のオバケが操作している。それでリラはわかった。そして彼女を見て、言った。
「未来がってこと?」
「うん。こんなふうになってると思う?」外を見たまま返した。
「……どうなんだろうね。まあ、もしかしたらいつかはこうなってるのかもしれないけど、あたしが生きているうちはならないような気がするな」
エリは何も言わない。
「昔の人はどうだったんだろ? 見たのかな、未来を」
肘をついて、巧みに他を避けて飛ぶ車と黒い影になったビル越しに夕焼けを眺めながら、リラは誰にともなく言った。
その言葉に反応してなのか、ともかくエリはゆっくりとリラを見て聞いた。
「リラはどうなると思う?」
その質問にリラは戸惑った。「なんで同じこと聞くんだ?」と質問の意図がわからなかったからだが、エリのまっすぐこちらに向けられた引き寄せられそうになる瞳に、ふとひらめいた。
「それって将来の話?」
「うん」エリが頷く。
すこし斜めに、夜の気配が混じる赤色の空に視線をそらして、リラはちょっと考えると頭をかきながら答えた。
「わかんないや……あたしが将来、どんな人になってるか、どんなことをしてるのか、なんて」
「……夢はないの? ゲームが好きなんだし」
「そうなんだけどさ……」沈んだ声をもらし、すこしの間黙ったあとリラは続けた。「実は結構前、一年生のときぐらいかな、やっぱり遊んでるとあれこれって自分でも作りたくなってやってみたことがあるんだ。どんなキャラを出そうとかどんな話にしようとか考えて、ヘタクソだけど絵を描いてみたりプログラミングを勉強してみたりしてやってたんだけど、これが思ってた以上に難しくて結局完成できずに投げ出しちゃったんだよね」
「……そうなんだ」
「他にもいろいろやってみたことはあるんだけど、それも上手くいかなくなったらやめちゃって。クラスの子はさ、オリンピックに出るとか、科学者になるんだとか、それこそあたしみたいにゲームが好きでいつか有名なゲーム会社で働くんだとか、みんながみんなそうってわけじゃないけど、そうやって頑張ってるとこ見てるとなんであたしは続けられないだろうとかもっと一生懸命になれないんだろうとか思うんだよね」
最後に困ったように眉を寄せてリラは笑った。エリは何も言えなかった。目が斜め下に、横に、リラにとあちこち動き回って、口が何かを発しようとしているのか開いたり閉じたりしているが、結局何も出てこなかった。そんな彼女を見てリラはまた頭をかきながら言った。
「ごめんね、ちょっと暗かったね」
「ううん、そんなことない」エリは慌てて首を振った。「リラのことが聞けてうれしかった。こっちこそごめん。何も言えなくて」
「いいよいいよ。なんとなく誰にも言えなくて、聞いてもらえただけでもだいぶスッキリしたから」
そうリラが言ったものの二人のあいだにある空気を払拭することはできなかった。夕日が濃く影を落とす。そこへオバケがひとり寄ってきた。「そろそろお時間です」




