エピソード18:うんともすんとも
リラの同意が得られたのでエリは羽ペンを手に取ったが、困ったようすでリラに尋ねた。
「羽ペンってインクが必要なんじゃなかった?」
「そういえばそうだね。でも見当たらないし、もしかしたらなくても書けるかもしれないから、とりあえずそのまま書いてみて」
「わかった」
そう返事をして、リラはペン先を紙に当て横にちょっと滑らせた。すると縁にある模様と同じ薄灰色に色づいた。それを見て二人は同時に「おお」と声をもらした。そのままエリは続けて、最終的に「こんにちは」と書いた。
「なに書くんかなと思ったけど、やっぱそんぐらいしかないよね」
「うん」
それから二人は静かに紙面を見守った。しかし、いくら待てど何の変化も起こらなかった。リラは肩を落とし、ため息をついた。
「ダメそうだね」
「うん、別の見にいく?」
「そうしよ」
文通に見切りをつけた二人がその場を離れ次のガラスケースへ向かうと、ピンと調子はずれの物悲しげな音が鳴り、リラの心に不安を運び込んだ。リラは足をとめ、振り返った。エリと目が合い、彼女はうなずいた。リラは顔を戻し、あそこで言ってたやつか、と最初の部屋での会話を思い出しながらケースのなかを覗いた。それと同時にまた音が彼女の胸のなかで悲しげに響いた。
「なんていうか……怖いというか、聞いてるだけで不安になってくるね」
「うん」
話す二人の声はとても小さかった。次の音が奏でられた。
「でも、本当に勝手に鳴りだすんだ。ねえエリ、ちょっとだけ離れてもらってもいい?」
「わかった」
そう言われると思っていたので、エリはすぐにさっき音がしたあたりまで下がっていった。するとオルゴールは次の爪が弾く寸前で静止した。リラは声を出さずに驚いた。それからエリのほうへもういちど振り向き手招いた。それでエリが動き出すと、爪が弾いた。そして隣にやってきたエリにリラは言った。オルゴールはゆっくりと回り続けている。
「これが一番雰囲気あるね」
「うん」
一音一音の間隔が長くひとつの曲と呼べるのか彼女たちにはわからなかったけれど、その余韻が次の音とかすかに繋がっていたのは確かで、そのわずかな繋がりがより深い悲哀をかもしだしていた。それでもふたりはひと時のあいだ聞き入った。そしてオルゴールの回しが一周したのを見て、リラは言った。
「そろそろ隠し通路さがそっか」
それにエリはうなずく。彼女がオルゴールのもとから離れると部屋は静まり返った。相談をした結果、リラとエリは部屋を横に二分割しオルゴールのあるほうをリラが、無いほうをエリが探すことになった。三十分ほど経って調べられるところはおおよそ調べたものの、秘密の通路も手がかりとなりそうなものも発見できなかった。部屋の中央でふたりは合流し、リラが言った。
「ここだと思ったんだけどな」
「他にありそうなところある?」
「ちょっと待って」
そう言ってリラはポケットから地図を取り出し、一階が書かれている面を広げた。
「エリは探してて怪しいなって思ったとこなかった?」
「う~ん……あるとしたら空き部屋かな」
「空き部屋? ああ、エリがいたとこ。たしかに何もないってのは逆に怪しいかもね」
リラがそう言ったとき、彼女たちの背後でカタッとなにか軽いものが倒れた音がした。驚いてふたりは振り返り、それから顔を合わせた。




