エピソード17:強盗?
ついでと言いながらもリラは隠し通路を探す気配すら見せず、さっそくガラスケースへと近寄った。彼女が最初に目にしたのは、かけるとオバケが見えるようになるというメガネだった。しかし、その見た目が細い銀縁に丸レンズと普通過ぎるため、リラは本物だと思えなかった。どうにかして試せないかと腰をかがめてみたが、途中で意味がないことに気がついた。
「オバケが見えるようになるって言っても、もう見えちゃってるからなぁ」二つの丸い小窓から向こうの景色を見つつ、つまらなさそうにリラは言った。
「たしかに」
「つぎ行こ、つぎ」
向かったさきには、錫色の羽ペンと同色の文字にも思えるへんてこな模様に縁どられた一枚の紙があり、羽ペンを持ちある呪いを唱えると幽霊と文通ができるようになると解説が添えられてある。
「こっくりさんとかウィジャ盤みたいなやつか」リラは説明書きを読んで呟いた。すると
「ウィジャ盤?」隣で同じようにのぞきこんでいるエリが尋ねた。
「ん? ウィジャ盤知らないの?」
「うん」
「こっくりさんは知ってるん?」
「『あいうえお』を書いた紙と十円を使うんだよね」
「そうそう。ウィジャ盤も似たような感じで、アルファベットが書かれた木の板と丸い穴の空いた木の板を使うんだよね。まあ、こっくりさんの海外版だね」
「なるほど」
「それでさ、エリ」
「なに?」
「エリならこれをさ、手を突っ込んで書いたりできるんじゃない?」
「たぶん、できると思う。やってみよっか?」
「おねがい!」
両手を顔の前で合わせてお願いをされ、エリはおもむろに手をペンへと伸ばし始めた。まもなくその指先がケースのガラスに触れた、と思ったらまるで水槽に張られた水のなかへ入れているかのように表面を通り抜けていった。こちらの水面はとうぜんながら波打つことはないが、かえってそれが彼女の侵入に気づいていないことを表しているようだった。
「ねえ、エリ」
「! ……どうしたの?」突然声をかけられびっくりしておもわずエリは手を止めた。
「あ、ごめん! たいしたことじゃないんだけど、なんかすっごくドキドキしない?」
「どういうこと?」
「いやだってさ、いまあたしたちがやってることって強盗みたいなもんでしょ? ガラスケースの展示品を、誰にも見られないように、イジろうとしてるんだよ?」
「……まあ、言われてみれば」
「でしょでしょ! まさかこんな悪事を働くことになっちゃうなんて! お母さんが泣いちゃうよ」
なんだか妙な興奮にやられた様子でリラが嘆いたが、それにたいしてエリはすこし何かを考え、口を開いた。
「でもそれなら、ブレスレットもピアスも盗んでるのと同じだし今更じゃない?」
エリの冷静なつっこみにリラの楽し気な表情が一変した。そしてリラはその驚き丸くなった目で、エリはいつもと変わらない目で、たがいに無言で見つめ合った。やがてリラがゆっくりと口を動かした。
「……たしかに……そうじゃん! なんで気づかなかったんだろ! もう盗んでるじゃん!」
「そうだよ、もうワルになってる。……リラのせいで」エリは最後にちょっと小さな声で付け足した。
「ええ! あたしのせい!?」それをしっかりと聞いていたリラはびっくりして言った。
「だって、リラがさきにもらって……とってるから」
「そうだけどさぁー」
「だからあれだよ。わたしはたぶんこのあと怒られてすむけど、リラはおばあちゃんになってからだよ」
「えぇ、何十年もさきにこれを持ち出されるの?」
「うん、じゃないと寝れないから」
「マジで……え? じゃ誰にも見られないようにって言ったけど、今も神様が見てるってことじゃん、それ」
今度はエリが驚き、ふたりはまた無言で視線をかわし、そして同じようにエリが言った。
「たしかに」
「なら、盗んだことも気づかず、見られてることも忘れて、強盗しようしてたってわけ」
「そう……だね。ワルっていうかバカだね」
途端にリラが噴き出し、顔を突っ伏した。あふれだしそうな笑いを抑えているせいか、肩が大きく震えている。しかし、賢明な努力もむなしく赤く柔らかな関門は決壊し、どっと笑い声が部屋中に響き渡った。そしてひとしきり笑った彼女はお腹をおさえて、目尻の涙を拭き、苦しそうに息を切らせながら言った。
「はー……そんなハッキリ言う?」
「そう思ったから。でも、リラがそこまで笑うとは思わなかった」
「だってあまりに正直に言うから」
「ねえ、そろそろ先に進まない?」エリは途中までガラスケースに入っている手を振りながら聞いた。
「ああ、そうだね。そうしたほうがいいね」




