エピソード4:幽霊のスキル?
「さわれるんだね。てっきりできないもんだと思ってた。それにちょっとだけ冷たいね」
「そうなんだ。自分じゃわかんないから」
自分の言ったことに傷ついたわけでもなく逆に感心したように言ったエリを見て、リラは胸が苦しくなってすこしだけ泣きそうになってしまった。だから、しっかりと涙をこらえて自分とおなじだけどあたたかさの違うちいさな手を掴んで話をつづけた。
「ねえ、今度はここから抜けだせる? わたしは絶対に離すつもりはないけど」
「かんたん」
そう言うがはやいかギュッと掴んでいた手の感触が手品のようにパッとなくなった。それに驚いたのもつかのま、今度はエリの指が自分の手の甲から生えてきてさらに驚愕していると、たたみかけるようにおしまいには逆にリラのほうが両手をつかまれていた。
「今度はリラの番」そして、ぼうぜんとするリラにエリは楽しそうにつげた。
しかし、リラはいま目の前でおこった出来事に人生でいちばん――真夜中、部屋を真っ暗にしてホラーゲームを遊んでいたときよりも――驚いてうんともすんとも返事ができなかった。魂が抜けたように口をぽっかりと開けている彼女を見てエリのいたずら心はくすぐられ、もっと驚かせてやろうとリラから手を離して言った。
「じっとしてて」
するとエリは手をまっすぐ突き出して氷の上を滑るようにリラに近づいていった。そして彼女の両手がリラの両肩に触れたと思ったやさき、まるで水の中へ手をつっこんでいくかのようにリラのなかへ溶け込んでいった。もうなにがなにやら頭が追いついていかなくてまばたきすら忘れていたリラだったが、おかまいなく進むエリの手がやがて三本目と四本目の手となって背中から生えてくるころには、彼女の顔がまんまえにあっておもわず目をつぶった。
「こっちだよ」
声がしたのは自分の背後だった。リラは急いで目を開けて振り返ると、
「ふふ」
まんまといたずらが成功して嬉しそうに物静かに微笑んでいる彼女がいた。しかし、それでもリラが黙ったままなので、もしかしたら怒らせたのかもとエリは不安になって謝ろうとした瞬間、
「スゴ――――!!」
彼女が爆発した。そしてその大声にまたしてもエリはびっくりしてしまった。。
「なんていったらいいかわかんないけど、とにかくスゴイ!! スゴすぎる!!」エリの両手を取って、ピョンピョンと跳ねながら、リラはさっきよりも大きな歓喜の声を上げた。「急に近づいてくるからキスされるかもって目つぶちゃったけど、ほんとうにこんなこと体験できるなんて!」
「いやじゃなかった?」
「ううん、ぜんぜん! むしろやってもらってよかった……どころか最高!」おそるおそる尋ねるエリにリラは興奮の最高潮といった感じで答えたあと「ねえ、あたしだけいっぱいワガママを聞いてもらちゃってるけど、最後にもうひとついい?」ともうしわけなさそうに聞いた。
「いいよ」それをエリは快く受け入れた。
「じゃあ、あたしを掴んだまま浮かぶことってできる?」
「うん、ちょっと待ってて」
そう答えたあとエリはまたリラの後ろへ抜けていき「バンザイして」と言った。その指示通りにリラが両手を上げると、エリはその手をつかみ「それじゃいくよ」とゆっくりと上昇しはじめた。そしてグッとリラの手に力がかかったのと同時に、両足が床から数センチ離れ、そのままなんともいえない緩やかな速度でのぼっていって、やがて三十センチも視線が高くなった。
リラはそのあいだ洗濯バサミで干された洗濯物のようにジッと口は開けていたけれど動かなかった。それはジタバタとあばれたらエリに迷惑がかかってしまうと思ってのことだったけれど、かりにそのつもりがなかったとしても幽霊の手によって宙に浮くという特別な体験のもとでは結果は同じだっただろう。
それから二人は、さびれた部屋で風景なんてお世辞にも言えないような退屈なものばかり、おまけにもともと無口なエリとあまりにも衝撃的な体験に声がでないリラなものだからおしゃべりのひとつもない静かな遊覧飛行を、それでもぶらっと一周これ以上のものはないと思うほど楽しんだ。