エピソード5:静かにまわって
そうしてふたりはリラを先頭にカンテラの音に注意しながらふたたび廊下へ出て、入るまえにオバケが右に曲がって行った丁字路に向かった。丁字路に着くとまず右に動いている明かりがないか音が聞こえてこないか確認して、つぎに左も同じことを確かめた。
「だいじょうぶそう」
右も左も明かりといえば月光が壁際に腰かけているだけで、他に音も―あるものなのかわからないが―人の気配もなかった。それでリラはそう言ったが念のためもういちど調べて、それから左へ進んでいった。するとすぐ右側に扉を発見した。
「扉だね」後ろでエリがささやいた。
「うん」それにリラはうなずき、扉と廊下の奥とを見比べどうしようかと悩み、やがて振り返って言った。「入ってみよう」
カチャと音が鳴りキーっと嫌に響き渡る。リラがまず目にしたのはやっぱりろうそくのはかなげな火だった。ここのろうそくは食堂とは違い点々と置かれいるようで、その灯火のなかいくつもの見慣れた道具たちが鈍く光っている。
「厨房か」リラはポツリとこぼした。
フライパンにフライ返しにお玉、冷蔵庫に流しにコンロなど。鉄やステンレスでできたそれらが、おぼろげな光を返しながら、並んだりぶらさがったりしてこの部屋を形作っていた。ここでいろんな食材を切って炒め煮てそして盛りつけ、そうして出来立てのご飯をさっきの食堂に届けるのだろうか、とあたりを見回しながらリラは想像し、あんな場所に食堂があるなんて変だなと思い、またそもそもオバケがご飯を食べるのかと新たに疑問を抱いた。それで彼女に聞いてみようかと考えたが、まずは調べてからにしようと決めた。
「ねえ、エリ」そうしてさっそくリラは彼女に声をかけた。「前の本棚みたいに細かくじゃなくていいから、適当にそっちから見ていって。あたしはこっちから見てくから」
「うん」
その返事をきっかけにふたりは二手にわかれて調査を開始した。流しや棚を開けてみたり、フライパンや皿をひっくり返してみたり、鍋のふたを取ってみたりして軽く見て回ったがこれといったものはふたりとも見つからなかった。探し物を終え二人が合流したその時、くぐもったカランという音がした。リラとエリは音のしたほうを向いた。そして少しの間そちらを見つめていたが、やがてリラが顔を戻して言った。
「ねえ、いま」
「うん」
するとまたくぐもったカランが。しかし、さっきよりちょっと大きくなったように思える。
ふたりはいま入ってきた扉のちょうど反対側にいて、そこにも実は扉があり、音はその扉を見て右側から聞こえてきた。もし音が大きくなったように思えたのが勘違いでなければ、ここに入ってくることも十分にありえる。それでエリはリラに意見を仰いだ。
「どうする?」
「もうちょっとだけ待って、どこに行くのか聞こう」
緊急事態にふたりの相談する声はほとんど吐く息のようだった。ふたりは動かずさらに息をひそめて待った。するとふたたびカランと、それもたしかに大きくなったのが。近づいてきている。
「やっぱこっちに来てる」リラは言った。「とりあえずむこうに行って隠れよ」
「わかった」
さっそくリラとエリは忍足で戻っていき、厨房の真ん中に扉と扉を結ぶように置かれたコンロとシンクの陰に身をひそめた。
「ここだとちょっと音が聞こえないね」エリが言う。
「うん、だけどしょうがない」
「入ってきたらどうするの?」
「そん時は天井とか見て、カンテラの光がどっちに行くのか見るの。それでもし光が移動したらそれとは反対に、えーと光が時計回りなら反時計回りに、反時計回りなら時計回りに隠れながらあたしたちも移動する」
「こっちから出ないの?」エリは目の前にある扉を指さして聞いた。
「出てもいいけど、もしかしたら他のとバッタリ出くわすかもしれないから、ここでまけるならまいたほうがいい」
「わかった」
厨房がふたたびしんと静まり返る。ふたりはぴったりと身を寄せ合っている。リラはエリの冷たさを感じなから、エリはリラのあたたかさを感じながらその時を待った。はじめは聞こえなかった例の音も、意識が集中しさらに近づいてきていることもあって、いまではハッキリと手に取るようにわかる。もう扉のすぐそばまで来ている。このまま通り過ぎるのかはたまたここに入ってくるのか、リラは胸をバクバクさせながら動向を探っていると、ピタッと音が止んだ。やっぱり! そう彼女はさらに緊張を高める。しかし、口角も上がっていた。すこしのあいだ張りつめた空気があたりを満たし、やがてノブを回す音が聞こえた。そして扉が開けられ、厨房はさらにオレンジ色に染まる。
ふたりは目を合わせる。それからおのおの光の行方を見張った。緊迫した空気が部屋半分に充満する。すると天井の反射がちょっと強まったと思うと、左右に一回ずつ揺れた。リラは「たぶん部屋ん中を見てるんだ」と考えた。それからわずかな間があったあと、光がおもむろに右へ移動し始めた。それを見てリラはエリに言った。
「エリ! そっち!」
それにエリはうなずき返し腰を低くし設備に隠れるようにして歩きだした。リラもおなじようにして彼女のあとを追う。ぼやっとしたオレンジのゆっくりさ加減にふたりは合わせる。そうしておたがいに厨房を時間通りに回っていく。気づかれないように息をひそめ、なにかにぶつからないように細心の注意を払って、やがてあっという間におかしな六時間と三十分が経過した。二人はふたたび物陰に腰を下ろし光を監視した。光はこちらにあった時のと同じことを繰り返し、扉の音が響き渡ったあと、その姿を消した。




