エピソード3:エリ
「エリね! ねえエリ、さっきからずっと浮いてるけど降りられたりはしないの?」自己紹介のあとすぐにリラは気になっていたことをたずねた。
「……ちょっと待ってて」
その疑問にエリがそう答えるとリラは芸や劇を見るお客さんのようにじっくりと見つめだしたので、なんだか気恥ずかしくなりながらエリはスッと降りはじめ音もなく着地した。そして二人は――リラはエリの黒い瞳を、エリはリラの茶色の瞳を――エリのボサボサの前髪の隙間から認め合った。
「やっぱりおなじぐらいの背なんだ」手で作ったひさしを二人の頭の上で振りながらリラは言った。
「そうだね」
それにエリがうなずくとつづけて
「聞いちゃダメかもしれないけど、エリっていくつなの?」とうかがうような調子で尋ねた。
「12だよ」それに対してエリは気にした様子もなく普通に答えた。
「そうなんだ、あたしも」
その様子にリラはほっとしつつもなぜだかすこし寂しくもあって心ここにあらずといったふうだった。しかし、それもその一瞬だけ。すぐに持ち前の明るさを取り戻して彼女はエリにたずねた。
「ねえ、エリ? エリって本物の幽霊なんだよね?」
「うん」
「じゃあさ、いきなりでわるいんだけどおねがいがあって……」
「おねがい? なに?」
「その、さわってもいい? あ、もちろん嫌だったら全然いいからね」
「いいよ、そのぐらい」
そう言ってエリは両手をさしだした。あっけらかんとした彼女の返事に拍子抜けしながら差し出された両手を見て、その血のかよっていない肌の蝋のような青白さにリラはびくっとした。が、すぐにハッとして、「あたしから頼んでおいてなにしてんの!」とちょっとでも怖がってしまった自分を心の中でしかった。
そうしてエリに申し訳なくおもいながらリラは差し出された手に触れた。背筋がぞっとするほど冷たかった。冷蔵庫や冷凍庫のお肉の冷たさとはあきらかにちがう、いけないとは思っているのに心が拒もうとする冷たさだった。そして自分の黒い肌が彼女の青白さをより際立たせていた。それでリラは自分が本来なら触れることのできないものを手にしていることを、こども心ながらに理解した。