悪役令嬢にされたようですが、聖女にジョブチェンジしようと思います。
浮気、ダメ、絶対
リリアンヌ・ファムファタール公爵令嬢。それが私。私は公爵家の娘として恥ずかしくない人間であれるよう、常に努力を欠かさなかった。勉強や魔法の訓練はもちろん、幸運にも授かった聖力を惜しげも無く王族や他の貴族達に使いたくさんの貴族を助けてきた。本当は、平民達にも使ってあげたかったけれど、それはこの国の宗教、ファヴール教のグラース派の考えにそぐわないため両親から却下された。あくまでも、この力は王族や貴族のために。それがグラース派の考え方だった。
そんな私は努力の甲斐もあり、美しく優秀だと持て囃されるようになった。公爵家の娘として相応しいと、両親や兄からたくさん褒められた。王家から打診があり、イディオ・リシェッス王太子殿下と婚約することになった。イディオ殿下は第二王子であるが、第一王子であるオーギュスタン殿下が、聖力を生まれ持ったことを理由として成人後早々にファヴール教のポーヴル派の総本山、フェリスィテ国の中央教会に出家されたため王太子になられた。
イディオ殿下はお美しく、文武両道で成績も良い。ただ、その兄のオーギュスタン殿下がイディオ殿下以上に美しく優秀であったこと、聖力を持つことが出来なかったことで何度も何度も比べられたらしい。プライドがズタズタにされたイディオ殿下は性格が歪んでしまわれた。そんなイディオ殿下との婚約は、家族は大喜びだったが私には辛いものだった。
「おい、お前!この俺の女になれたんだ!感謝しろ!」
「お前は俺より下なんだからな!ちょっとみんなからちやほやされたくらいで調子に乗るな!」
「お前なんか大っ嫌いだ!」
私は私なりに、イディオ殿下に寄り添ってきたつもりだったが、全て逆効果だった。周りから美しい、優秀だと持て囃される私を見て、オーギュスタン殿下を思い出して辛いようだった。そんなこんなで私とイディオ殿下の仲は、この国の王族や貴族の子供の義務である貴族学院に入る頃にはすっかり冷え切っていた。
「見て、リリアンヌ様よ」
「まあ、今日もお一人で寂しそうですこと」
「あんだけ美しいのにイディオ殿下に堂々と浮気されるなんて、きっと性格に難があるんだろう」
貴族学院に入るとイディオ殿下は、特待生制度で入学してきた平民の女の子アンジェリーヌさんと急接近し、堂々と浮気するようになった。アンジェリーヌさん、強い。私はアンジェリーヌさんに対して、怒るよりも感心してしまった。同時に、イディオ殿下のことはどうでも良くなった。最早気にするだけ無駄だと視界にすら入れなくなった。
しかし悪い噂が一人歩きし始めた。曰く、私がアンジェリーヌさんに嫉妬して影で虐めているとのこと。制服を切り刻んだり、教科書を捨てたりしたんだそう。もちろんそんな事実はない。が、アンジェリーヌさんが否定せず「私は大丈夫ですから」と言っているものだから、学院での私の印象は最悪。これを受けて今まで私を手放しで褒めていた両親や兄からの風当たりも強くなった。完璧でない私はいらないということか。
そんな折、オーギュスタン殿下が晴れてフェリスィテ国の中央教会の聖王となったとニュースになった。これからはオーギュスタン猊下とお呼びしなければ。
そんなオーギュスタン猊下は、何故か今、私の部屋にいる。
「やあ、はじめまして。素敵なお嬢さん。知っているだろうけれど、僕はオーギュスタン。今はフェリスィテの聖王をやっているんだ。よろしくね」
「お初にお目にかかります、オーギュスタン聖王猊下。私はリリアンヌ・ファムファタールと申します。以後お見知り置きを」
「さて、堅苦しい話はここまで!実は僕は、君に謝りに来たんだ」
「謝りに…?」
なんのことだろうか。
「僕の弟が迷惑ばかりかけているようで申し訳ない。父上も母上も、可愛がるばかりで一つも注意しないようでね。どうしたものだか」
「…いえ、王太子殿下のお心が離れたのは私が至らないためですから」
「…君、それ、本気で言ってる?」
いきなりオーギュスタン猊下の雰囲気がピリピリし始めた。え、私なにか言いましたか?
「君は今まで努力を欠かさなかったのだろう?勉強も、魔法も。聖力だって王族や貴族のために使ってきた。弟との仲をどうにか深めようと努力してきたとも聞いている。それなのにぽっと出の平民に奪われて…それが自分が至らないからだと?…ふざけてる!悪いのはあの馬鹿弟の方なのに!」
ああ、この方は本当に謝りに来てくれたのか。私なんかのために怒ってくれているのか。そう思うと、なんだか笑えてきた。
「ふふ」
「…リリアンヌ嬢?」
いきなり笑う私をオーギュスタン猊下はきょとんとして見てくる。
「ごめんなさい。婚約者も家族も、みんな私を責めるのに初めて会ったオーギュスタン猊下だけが私のために怒ってくれて、なんだか可笑しくて」
「…リリアンヌ嬢。もしよければ、僕と一緒に来ないかい?」
「え?」
「その聖力を、我がフェリスィテのために使って欲しい。出家するとはいえ、聖王の認めた聖女になるならば、君のご両親だって許してくれるだろう。出家すれば貴族学院に通う義務もない。…そんな家族と婚約者、君の方から捨ててしまえ」
私はオーギュスタン猊下の突然のお誘いに、しかし即答していた。
「謹んでお受け致します」
「それは良かった!すぐにご両親に伝えよう!よーし、書類だのなんだのが煩わしいが…やるぞー!」
そしてあれよあれよと私とイディオ殿下の婚約は白紙になり、私は中央教会に出家して聖女になった。
ー…
俺はオーギュスタン。今はオーギュスタン・フェリスィテ聖王。この宗教国の若き王だ。俺は成人前のある日、浮気をした婚約者を問い詰めたら逆上して刺されるという最悪な事態に見舞われた。俺は聖力を持つが、意識を失っては自力では回復出来なくて、その時、ある女の子が聖力を使って俺を治してくれたらしい。それがリリアンヌ嬢だった。
婚約者と浮気相手はもちろん秘密裏に消されたが、俺はこれ以上女関係に振り回されるのはごめんだと出家してフェリスィテに逃げた。俺の代わりに王太子になった弟には申し訳ないと思っていたが…まさかその弟が浮気をするとは思ってなかった。お前、実の兄が痴情のもつれで刺されたのに…。しかも父上も母上も弟可愛さに何も言わないらしいし、というかまさかの俺の大恩人の女の子リリアンヌが弟の婚約者らしい。いや、マジであの馬鹿弟は何をしてくれてるの?俺はどうやって彼女に償えばいいの?
学院での彼女の評判も最悪のところまで落ちたらしく、家でも居心地の悪い思いをしているらしい。とにかく彼女に会おう。謝って、何か出来ることがあればなんでもしようと思って会いに行くと、彼女は自分が悪いと言う。いや、そんなことがあるものか!彼女は何も悪くない!俺はさくっと彼女を聖女に認定し、フェリスィテに連れて帰った。だって、聖力も持ってるし問題ないもんね?まあ、そのための書類だのなんだのは大変だったが。馬鹿弟は、好きではなかったとはいえ婚約者を俺に「奪われた」形になりめちゃくちゃ悔しがったらしいが知らない。お前のせいだよ、馬鹿。
その後、フェリスィテの聖女になった彼女は聖力を惜しげなく全ての国民のために使った。ポーヴル派は平民の為にも聖力を使うべきという宗派だからね。リリアンヌ嬢…リリーはその力で俺とともにフェリスィテを支えてくれた。俺たちは今、お優しい聖王猊下と清らかな聖女様として人気を集めている。順風満帆な人生だ。一方であの馬鹿弟はというと、かなり大変らしい。
ー…
聖女になって数年。イディオ殿下から、手紙が届いた。長々と書いてあったが、要約すると還俗して復縁して欲しいとのこと。
私が出家して婚約が白紙になってから、イディオ殿下はすぐにアンジェリーヌさんとの婚約を発表した。平民となんてという声がなかったわけではないそうだけれど、国王陛下と王妃陛下はイディオ殿下可愛さに二人の仲を許したそう。しかし、なんとアンジェリーヌさん、貴族学院に通う前は色々なお相手と男女の関係になっており、性病を持っていたとのこと。もちろん、貴族学院に通うようになってからはイディオ殿下一筋だったそうだけど…性病を持っている女性が王太子妃になれるはずもなく。イディオ殿下自身は身体の関係はまだだったのでそこは大丈夫らしいけれど…。しかしアンジェリーヌさんとの婚約は、シンデレラストーリーとして有名になっており、もう引き返せない。ということで、私を還俗させて王太子妃にして、アンジェリーヌさんを側室にしたいらしい。
『嫌です』
それだけ書いて、使い魔を飛ばす。イディオ殿下、怒るだろうなぁ。でももう知らない。よくよく考えたら、私に落ち度なんかなかったのにあんな思いをしたんだから、これくらい許されるだろう。
「リリー、失礼するよ」
「オーギュスタン猊下」
部屋にオーギュスタン猊下が入ってきた。
「馬鹿弟が手紙を送り付けてきたらしいね。大丈夫かい?」
「はい。還俗と復縁の要請がありましたので、嫌ですとだけ返しました」
途端にオーギュスタン猊下が腹を抱えて笑い出す。やっと笑いが収まったオーギュスタン猊下の目には笑い過ぎて涙が。
「いやー、笑った笑った。ごめんね、馬鹿弟が。でもその返しはグッジョブだよ!」
「いえいえ」
「でも、そんな馬鹿なことを二度と言えないようにした方がいいかもね」
「というと?」
「聖王ってね。聖女とだけは結婚出来るんだよ。知ってた?」
知ってはいる。前例はないが、一応法律に明記されてはいるのだ。でも、何故今そんな話に?私が固まっていると、オーギュスタン猊下は私の前に跪いた。
「僕と結婚していただけませんか?」
その手には品の良い指輪。私は突然のプロポーズに、しかし即答した。
「謹んでお受け致します」
オーギュスタン猊下は途端に笑顔になる。
「よーし!色々な手続きが面倒くさいけど、やるぞー!」
ということで、私とオーギュスタン猊下は晴れて婚約することになりました。オーギュスタン猊下は私を抱きしめます。
「絶対に幸せにする!約束だ!」
「もう十分過ぎるほど幸せですよ」
この後二人は子宝にも恵まれて末永く幸せに暮らしました