五. 俺たちの(感情)は別々
「おう、下和田」
ガラスを叩いたのは我が親友下和田だった。
本でも買ったのか小脇に紙袋を抱えて笑っている。ガラス越しでは声が通らないので口をパクパクと動かし
――(そっち行っていい?)
と、言ってるようなので俺は指で輪っかをを作って
――(OK、遠慮なくきたまえ)
と、返すと我が親友は親指をグッと起てて
――(了解)
と、返して移動した。
「うむ、こんなところで会うとはな・・・・て、お前は何をやってんのよ」
前を見ると、なぜか朱音は帽子を目深に被ってテーブルに踞っていた。
「あうあうあうあう~~」
「いきなりどうしたよ?」
オットセイのモノマネっすか? いや、アシカか?
「こんな、こんなところで会うなんて・・・・」
顔が全く見えんが、声色は戸惑ったような、高揚したような感じだが・・・・。
「あからさまに怪しいから顔をあげなさい」
「あ、あや・・・・う、うん」
なんか、落ち着いたらしく朱音はゆっくりと顔を上げる。
と、ちょうどその時
「や、暁」
軽く片手を挙げて我が親友下和田が爽やかな笑顔でこちらに近付いてきた。
「っ!!?」
途端にガバッと踞る朱音。 ?? 何がしたいだよお前は。
「おす、下和田」
とりあえずほっておいて下和田に挨拶を返す俺。ま、直ぐにまた落ち着くだろう。結局なにがしたいかわからんが。
「意外なところで会うもんだね。暁がマスドなんて、休日はミック派じゃなかった?」
「まぁな、今日はちょっと朝食にドーナツな気分だったのさ」
「うわ、似合わないねぇ」
「うるせえ! そういうお前さんは何をしてたんだい? 見たところ本を買ったようだが?」
「ああ、青山 次郎の四姉妹シリーズの新作が出てたからさ」
「お前も次郎好きだねぇ」
「うん、面白いからね。暁も読んでみるといいよ」
「絵の無い本は好きくない」
「先ずはそこから直さないと布教は難しいかなぁ」
「ハハハ、俺は漫画とグラビア雑誌系専門だから諦めなさい」
「・・・・・・・・」
俺と下和田が話をしてる間。朱音は黙って俯き、ドーナツを細かく千切って分解していた。
何をしているんだコイツは・・・・。 帽子も被ったまんまで、さっきまでの勢いはどこへ?
仲間はずれになって拗ねてんのかしら? フ、仕方がない。話題をそちらに飛び火させてやろう。
「布教活動をするのなら、そちらのお嬢さんなどは如何かね親友?」
指を挿してそう言ってやると
「ォッ!!?」
前方から声にならない声が挙がり、ガチャンとテーブルが揺れた。
「おっと!」
その拍子にコーヒーカップが傾き、少しだけ下和田の服にピチャッといってしまった。
「うあぁっ!! ご、ごめんなさい!!?」
慌てて自分のハンカチを取り出し、下和田のズボンを拭こうとする朱音だが・・・・いかん、場所が場所だけにソコはいかん!?
「ぅぅ・・・・」
行動を起こしてみたものの朱音もその場所がまずい事に気付いたのだろう。そのままストップしておる(凝視するわけにもいかず、目がグルグルと回り心なしか顔が真っ赤だ)
「おう! 下和田! これを使いたまえ!?」
俺は即座にテーブル上にある紙ナプキンを下和田へと手渡した。
「あ、ありがとう」
いあ、見てられない光景でしたので・・・・。
「・・・・ぁぁァァ」
帽子を手でグッと目深に手繰り、朱音は小さくなっていく。
ああ、恥ずかしくてたまんないのでしょう。なんか解るわ。
その後、直ぐに店員が軽く汚れたテーブルをキレイにしてくれた。ありがとうございました。
「あ、あのさ、気にしなくていいからさ」
「・・・・・・・・う、ん」
朱音が俯いたまま首を少しだけ動かす。
う~ん、なにもそこまで畏まらなくてもいいと思うんだが・・・・。 どことなく下和田も気まずそうだし。
「おぉ、下和田よ。お前もズボンそんなだから帰ったほうがいいんじゃね?」
「ん? ああ、そう、ね」
下和田が俺達のテーブルを放れようとして、止まる。
まだ、項垂れている朱音をジッと見てから頬を掻いて軽く鼻で息を吐いた。
「ねぇ、朱音ちゃん」
「は・・・・!!?」
「ほんと、気にしないで。この前のことも俺、怒って無いから。ね?」
「え、・・・・え???」
なんだ? スッゲエ困惑した顔になってんぞコイツ。
(この前って・・・・なに?? アタシ、何かしたの?)
これは、俺の推測からするに、朱音は下和田が言ってる事が訳が解らないと見た。
「じゃ、暁、朱音ちゃん。また明日」
だが、当の下和田は言って満足したのかそのまま帰ろうとする。
「あ、そうだ下和田!!」
それを俺はわざとらしく呼び止め
「ちょいっとこっちいらっしゃい」
そのまま端に下和田と移動する。
「なに?」
「ああ、ちょっと軽く質問。この前ってなんだい? なんかあったのか?」
「ん、ああ、そういや、暁はあの時いなかったけな」
そういうと下和田は少し言いにくそうに
「う~ん・・・・」
と、唸ると、少し小声で俺に耳打ちをした。
「じつは、よくわかんないんだが・・・・・・・・頭突き、されたんだよ」
「?? ず、頭突き!?」
頭突きとはあの、ヘッドバット?
「うん、なんかよくわかんないけどあの時もなんか少し、おかしかったような・・・・いきなり朝、暁みたいな挨拶返してきたり」
ん? ちょっと待て、俺みたいな挨拶って・・・・・・・・それってまさか。
「あ、朱音ちゃんには言うなよ。まだ、気にしてるだろうし」
「あ、おお」
「じゃ、今度こそ帰るわ」
帰っていく下和田の背を見送りながら、俺はひとつの事を思った。
これって周りのやつらのアイツと俺の記憶・・・・・・・・混ざってんじゃね?
「なんだろ? なんのこと?」
まだひとり困惑している朱音の元に戻る。
「おい、ちょっといいか?」
「ああ、それより、朱音ちゃんて呼ばれなかったアタシ!? やだ、どうしよ! こんなのはじめてだよ!?」
あれ、聞こえてねえの?
「おい」
「これだけでこんなに幸せなんだ」
「おいってばよ」
「ああ、ああ、どうしよどうしよ。も、どうしよ!?」
・・・・・・・・・・・・。
「このチョコリングいらないよな」
「ちょ! いるに決まってんしょ!!?」
さすが、食い物にはしっかり反応。伊達じゃないな。
「あ、下和田くん。帰っちゃったんだ」
なんだか残念なようなホッとしたような複雑な表情でチョコリングを口に運ぶ朱音。
「おお、帰っちゃったよ。俺らもそろそろ出ねえか?」
「え~、まだモン・デ・リング食べてないんだけど」
「ああ、じゃ、それ食ってから出よう。俺も食いたい」
「うん」
とりあえずとっと食ってここ出よう。
なにか話すにしても結構な注目集めっちゃったみたいだしな・・・・・・・・。落ち着かんぜ。
俺達はマスドから近くの自然公園へと移動した。
「ん~、お腹満足~」
幸せそうな声を出してんね。まぁ、これから言うことを考えるとなんか心苦しいが・・・・。
「なぁ」
「ん~、なによ」
「ちょっと質問いいか?」
「?? わけ解んないのはパスね?」
「ああ・・・・・・・・ちょっとわけが解んないのかも・・・・多分」
「・・・・手っ取り早くお願い」
「おお、じゃ、聞くけど・・・・」
「ん」
「あ~・・・・下和田にさ・・・・頭突きした記憶ある?」
「・・・・・・・・ふゃいっ!!?」
お、すげえ声出たな今の。
「なにそれ! 意味わかんないよ!?」
言って困惑した表情で俺の体を揺する朱音。ああ、ガクンガクンと俺の体が揺れて、目の前に朱音の顔と青空が交互に見えて、シェイク、シェイク、シェイク!?
「おう゛ようっ!! やめろ! 止めろ!? さっきのドーナツ、リバースすんぞ!!?」
俺がそういうと朱音は俺の体のシェイクをやめてくれた。
「アタシ、知らないよ・・・・・・そんなこと、絶対にしないよ・・・・・・」
代わりに目に涙をため始めて、待て! 泣くやつがありますか!?
「おい、俺なら笑え! はい、ジャミラ!!」
俺は着ている服の襟首部分を引っ張ると自分の頭に被せる。
これは男の子が代々受け継ぐギャグの一つだと母ちゃんの弟(つまりは俺のおじさん)が教えてくれた一発芸だ。なんとこれだけで人は笑うらしい伝家の宝刀なのだという。まぁ、ジャミラがなんのことかよく解らんが・・・・・・実は人に使ったのはこれが初めて。ほら、でもこれで朱音の涙は笑いの涙に・・・・・・。
「・・・・・・意味わかんない」
涙は引っ込んで冷めた瞳が向けられる。おいこらヨウジ(おじさん)! ちっとも笑わないじゃないか!!?
すごすごと服を元に戻す俺。襟首がちょっと伸びた気がする・・・・・・。
ま、泣くのは止められたから良いかな!!
俺はそう考える事にする。うん、そうする。
「と、そんなことはともかく!」
俺はビッと人差し指を朱音を挿して言う。
「あのな、多分だけど頭突きの事は、俺、検討ついてるのだ」
「なに! ケントウってなに!!」
朱音がクワッと目を開いて俺の体を再びガクンガクンと
「て、落ち着けよ! シェイクは嫌だ! ちゃんと説明するから止めろ!?」
俺はバッと朱音から距離を取った。お互い、肩で息をする。まったく、俺たちは自分同士で何をやっとるんでしょうかね。
俺は軽く深呼吸をして説明を開始した。
「あの、下和田に頭突きしたのは俺だと思うのよ」
「?? どういうこと?」
ちんぷんかんぷんて顔してんね。
「正確には、おまえだった時の俺。かな?」
「・・・・・・」
「ほら、俺ら昨日はお互いに入れ替わってたみたいじゃん。途中までは」
「・・・・・・」
「てか、よく考えたら妙な話だよな。俺らすんなり受け入れてるけど、お互いに別々の個人だったんだよな。それが目覚ましたらいきなり兄弟・・・・・・て状態になってて、それ全然不思議じゃなくて・・・・・・」
「・・・・・・」
「え~っと、いろいろあって動揺しまくって・・・・・・あいつに頭突きした。それがなんかおまえがやったことになってるみたい」
「なんでそんなことになってんのよ!!?」
朱音が吼えた。俺の耳元がキーンとする。
「いや、なんかお互いにあの時やった事が混じってるみたいで」
「そんなことアタシ聞いてない!!」
・・・・・・聞いてないって言われても
「なんで、あんた下和田くんに頭突きなんてしたのよ!!?」
「いや・・・・・・だから、動揺して」
「ウウッ」
あれ?
「これじゃアタシ。下和田くんに顔会わせられない・・・・・・よ」
肩が震えて
「ウワアアァァン!!」
泣いた! 目の前でもうひとりの俺が大声でワンワン泣き出した。
「お、おい・・・・・・」
「アタシ、アタシ」
ヤバイヤバイ、なんか知らんがとにかくヤバイ!! なにかなにか泣き止む方法は・・・・・・ええい、ままよ!
「ほうら。はい、ジャミ――」
「うるさいっ! 意味わかんない!!」
バキャッとグーで殴られた。襟首部分を広げていた俺はグルンと一回転して地獄の苦しみを味わいながら上半身半脱ぎ常態で寝転ぶ変態と化した。
・・・・・・なにこれ?
このまま変態常態はまずい。俺はのっそりと起き上がり、涙目で啜り泣きながら睨む朱音を見た。
「・・・・・・あのさ」
俺は、怖いと思いながらも聞いてみた。
「おまえ、まさか下和田好き?」
ああ、極力忘れようとしていた。頭突きの原因もこれだった気がする。あまりのことに我慢できずに俺は奇行に走ったんだ。
できればここは杞憂で終わって欲しい。もうひとりの俺が、俺の親友に恋感情なんて・・・・・・。
朱音は鼻をすすって俯きがちに答えた。
「・・・・・・うん」
少し頬が赤い。つまりは・・・・・・そういうことか。
「マジ・・・・・・かぁ」
俺は手を顔に当ててため息を吐いた。
もうひとりの俺。当然ながら顔もよくみたら同じなわけで、違いは男と女というところ。
そんな女の俺。朱音が好きなやつが、俺の親友下和田なんだ。
改めて聞いて、そう考えると、俺は物凄い違和感を感じつつ、もうひとりの俺を見つめた。
「なによ?」
あちらも俺を見る。
「アタシが、下和田くん好きなのおかしいの?」
おかしい? いや、おかしくは無いのか? 男と女なんだから問題ないんじゃねえかな?
ああ、おかしくは無いんだけど・・・・・・。