三.夢の中? これは!?
間違いなく
町田 のどかだ。
俺の天敵・・・デーモンだ。
おそらく、町田はあの恐ろしい瞳を自身の背中にもみじを付けた菊池へと向けるだろう。
やばいやばい、あんなもん普通のやつが耐えられるはずが!!
「無いだろ!!」
俺は町田の眼光から菊池をガードするために二人の間にダッシュを−−−
「あ、おはようございます琴さん」
ズザザザアアァッッ!!!
う、薄いながらも笑顔を向けているだと!
あ、あのデーモンが、嘘だろ!?
「・・・・?? あの、いま朱音さんらしき人が走りすぎて行った気が」
「んん、今日の朱音はなんかおかしいというか・・・何をやってんのよあの子は」
ああ、遠くて近いところで二人の声が聞こえるような・・・。
「お〜い、あかね〜、大丈夫か〜。傷は浅いというか、全くないぞ〜」
「でも朝からボロボロですね朱音さん。大丈夫ですか」
「んん〜む・・・」
「お、気付いた」
「朱音さん」
目を開けるとそこには心配そうな表情の菊池と・・・・町田。
「・・・・・」
「起きれますか?」
ああ、イヌミミデーモンが俺を心配そうな顔で・・・・。
夢って、こんなのも見せるんだ。信じられん。
「う、うん、大丈夫」
俺はゆっくりと立ち上がった。「なんともなくて良かったです」
町田は控えめに鈴を鳴らすような優しい笑顔を俺に向けた。そこにはいつも俺を睨むようなデーモンの眼光は微塵も無い。いや、これは素直に
「・・・か、可愛い」
と、言葉が漏れてしまう。
「え?」
つい漏れてしまった言葉に町田は少し驚き、頬を少しだけ朱色に染めた。
う・・・・なんぞ、これ?
「あ〜かねく〜ん。き〜みは何を言うちょるのかね?」
俺が釣られて赤面をしていると突如菊池が全校朝礼時のうちの校長の喋り方を真似ながら、俺の発言に物言いを付けた。鞄を頭に乗っけて口笛をヒューと鳴らし人差し指をチ、チ、チと揺らしているのはよくわからんが・・・・。
「のどちゃんを可愛いと言うなんて今更過ぎるのよ! のどちゃんは前からシャイでちっちゃな可愛い子犬ちゃん。まさにうちらのマスコットでしょうが!」と、なぜか親指を前に突き出しゲームっぽいポーズを決める菊池。
「「・・・・・」」
ん〜、何と言いますか・・・・。
「ん? どうした二人共」
「あ、うん。ゴメン」
「ちょっと恥ずかしかったです」
俺達は正直に言った。
「恥ずかしいって・・・・・ああ、やっぱり恥ずかしいかな?」
コクリ。
「・・・あ〜っとぅ、せっかく稼いだ時間が無くなっちゃう! 二人とも、はい、ダッシュ!!」
「え、おおっ! また!!」
「ちょっ、琴さんお手柔らかに」
今更ながら周りの目が気になったのか、菊池は再び俺達を引っ張ってダッシュした。
「・・・なぁ」
「はい?」
俺達を引っ張る菊池の走りに必死に合わせながら走る町田のピョコピョコと四つに跳ねるイヌミミヘアーを眺めながら話し掛ける。
「き、琴っていつもこんな感じなの?」
「……」
町田は俺の目の奥を見るように少しだけ見つめ、やがて目元に少しだけ笑いを作り
「はい、いつも通りの琴さんです」
と、言った。
「そっか」
俺の夢の中の菊池は俺の知っている菊池じゃないけど、こんなふうに弾むように俺達の手をグイグイと引っ張って走る菊池も結構良いなと俺は俺は思い始めていた。
「おっし、着いたぁっ!」
俺と町田は菊池に引っ張っられる形で五分もしないうちに校門の前まで着いてしまった。
し、正直、途中からの自分の限界を超えた全力疾走はき、キツイ……さ、最初に少しだけ町田と会話できたのが信じられない。
隣の町田も表情こそはあまり変えていないが肩を上下させて息を整えていた。
町田の髪はかなり乱れている。 多分、俺も酷いことになっているんだろうな……。
「ん〜〜、二人してどったの。ばてちゃったか?」
……同じ距離を二人も引っ張ってきた菊池のほうがピンピンしているのはどういうことだろうか?
菊池って、意外と化け物的な体力スペックを誇っているんじゃないかしら?……。 「ん〜、ちょっと調子に乗りすぎたかな? 今度からはもちょっとゆっくり走ろうかな」
「そうですね。そうして頂けると非常に助かります」
ん〜っと伸びをして菊池は
「タハハ、面目ない」と、舌をチロッと出した。
「でも、遅刻はしませんね」
「いや、普通に間に合う時間に来てんだから立ち話をほどほどにしたら間に合うだろ?」
「それ、できるんでしょうか?」
………ああ、今日の様子を見ると無理っぽいような。
「まぁ、なるべく頑張ろうか。な、琴」
「うむ、とりあえず頑張ってみようか。お互いにね」
「ふふ」
俺達は何だかわからんがおかしくなってその場で大笑いした。
と、ひとしきり笑ったところで見知った顔が自転車に乗ってやって来た。
俺はいつものように軽く声を掛けた。
「お、下和田、おはよう!」
俺はご機嫌なおはようピースで挨拶をした。
下和田も
「あ、おはよう」
と、軽く手を上げて自転車から降りる。
そう、思っていたのだが
「え?」
と、一瞬戸惑ったふうな表情を浮かべて、少しだけ宙を見上げると少し控えめな爽やかな笑顔で
「おはよう」
というとそのまま自転車に乗って先に行ってしまった。
「あ、お、おい!」
な、なんだあいつ? どうしちゃったんだ?
遠ざかる下和田の背中を不思議な思いで見つめながらなんだか空しくなったおはようピースをニギニギさせた。
俺……あいつになんかしたかな?
「はい、朱音。ちょっとこっち来よう、かっ!」
「お、おお!!」
いきなり後ろから菊池に羽交い締めにされると俺はズルズルと校舎の隅へと引きずられていった。
な、なんだ、いったい
「……な、なに」
俺は羽交い締めにから開放されるも菊池のジッと見つめる菊池になんとも不安になり、壁にペタッと張り付いて、カニ歩きで横にスライドーーー
「朱音!」
ーーーする前にガッと肩を掴まれ引き寄せられた。
「な、なにかな?」
内心冷や汗タラタラで返事をした。
い、いったい、なんなんだ? わけが解らんぞ?
菊池が口を開く。
「どうしたの今日は! 凄い頑張ったじゃない!!」
………はい?
「あ、あの、話が見えないんだけど……」
「なにいってるの! 下和田に話し掛けれたじゃない。挨拶までして!」
………???
「そ、それが、どうしたの?」よく、意味がわからないのだけど……。
「とぼけなくてもヨイヨイ! 心の中は心臓バクバクなのはよ〜く、わかってるて。ね、のどちゃん!」
「はい、ちょっと感動的でした。朱音さん本当に頑張りましたね」
ああ、町田もこっちいたのね…て、本当に何なんだ? なんで褒められる?
「や、マジでどういうこと?」
「も〜、だから〜」
まだ俺が惚けてると思っているのだろう。菊池はニヤリッと笑って俺の胸元をプニュッ人差し指を押し付けて一言。
「キミの憧れ下和田に声を掛けれたではないかね?」
………へ?
「今まで結構やきもきしてたんだよ〜。いつ話し掛けるかいつ話し掛けるかってさ」
………ちょ、待って、憧れ? 誰が? 下和田? 俺の?
「でも、この調子だと心配ないね。もしかしたら友達へのステップも」
あ、ああ!?
「まだ気がはやいような。まだもっとじっくりと朱音さんの気持ちを下和田さんに」
「いやいや、のどちゃん。ここは急がば回れと」
ああああ!!
「ありえねええぇぇ〜〜〜っっっ!!!?」
しもしもしもしもーーーー
「しもわだっ!!?」
動揺しまくった勢いだろうか。気がつくと俺は下和田の前にいた。突如現れた俺に下和田は目をパチクリとさせて
「え、あ、はい?」
と固まっていた。
「お、お、お!!」
「お?」
俺は何を、何をしたいんだ? お、落ち着け俺! これ、夢だよ夢。冷静になれ……そうだ、一回目を覚まそう。
「ちょっ! どうした朱音!!」
後ろから誰かの声が聞こえる。けど、今は目を覚ますことに!
「おおおっっ!!」
ごちぃぃんっ!!!?
俺は下和田の机に何故か思いきり頭突きをしていた。
どこからか誰かの悲鳴に近い声が聞こえるが、俺はチカチカと目の前に星をちらつかせながら意識の奧に飛んでいった。
−−ーーー−
ん、んん……。
どれくらい意識を失っていたのだろう。なんだか体がゴツゴツして痛い。
俺はゆっくりと目を開けた。
……あれ、さっきまで教室にいたはずじゃ
俺はなぜか芝生の上に倒れ込んでいた。
あ、夢から覚めたのか? いや、だったら家のベッドの上のはず………。
「どうなって……て、お、おお!!!?」
思わず喉を押さえた。
声が、声が、
「戻ってる!」
よくよく見るとサッカーボールみたいなお胸がまな板に。
制服も男物。
これはやっぱり。
「夢から覚めた?」
と、して
「なんで芝生の上なんだ?」
俺の隣には健康補助食品が置かれていた。これから察するに今は昼休みなのだろうと思われる。
「ん〜」
健康補助食品のパッケージに書かれたチョコレート味の文字を見ながら少し考えて
「ちょっと動いてみるか」
ジッとしててもしょうがないしな。
俺はチョコレート味をモソモソと食べながら移動を開始した。……ちと、飲み物が欲しいな。
食堂方面の自販機を目指していると、特徴的な頭が目に入った。
あれは、町田?
町田はちょうど前屈みになってジュースを取るところのようだ。
「よっす」
俺は自然に声を掛けていた。さっきまで夢を見ていたせいだろう。いや、もしかしたらこれもまだ夢の続きなのかも知れないが、俺はなんとなく夢の中の町田 のどかのイメージで声を掛けたのだ。
「?……!?」
町田は不意に声を掛けられて深川だといった表情で俺のほうに顔を向け、凄い早さで後退った。
そして、ファンタグレープを握りしめたまま、あのデーモンの眼光を俺に向けた。
…………。
本当に恐ろしい眼光を向けてくるもんだ。
だけど
「なあ」
「!!?」
俺は昨日までの恐怖を感じなくなっていた。
あの、夢のせいだろうか? 俺は町田を悪い目で見れなくなってる。むしろ、好意的ななにかが芽生えているのかもしれない。
うん、全然怖くない。大丈夫だ。
「ちょっと聞きたいことがーーー」
ザザッ!?
…………あれ?
「・・・・・・」
「・・・・・おい」
「!!!?」
ザザザザザッッッ!!!
「ちょっと」
「!!!!??」
俺が好意的に近づこうとすると、町田は俺の近づいた分だけ後ろに下がる。
なんだこの異様な鬼ごっこは………。
「いや、だから落ち着いて俺の話を!」
切りがない。俺は思い切って斜めに跳んでみた。
「は!!?」
予想外の動きに驚いたのか町田は動きが取れずに固まった。
「おいしょっ!」
逃げられないように町田の肩を掴んで拘束することに成功。
「ひっ!!?」
ビクッとイヌミミヘアーが揺れた。
「ふう、さて人の話を−ーーー」
「ッッッ!!!?」
ゴチンッ!!
「オゴッ!?」
なにか固いものが至近距離から俺の顔にぶん投げられた。
この、重たくて冷たい感触は………ああ、さっきのファンタグレープか。
などと考えながら俺は後ろにぶっ倒れた。
「ゴメッ!!? なっ………」
なにか聞き取りにくい町田の声が聞こえる。ああ、また意識がぶっ飛ぶかと思ったぜ。
「いっ痛ぅ・・・・」
顔を押さえながら起き上がると、町田の姿は既に無く。代わりに少しへこんだファンタグレープが俺の隣に転がっていた。
「なんだったんだ? あの町田の動揺っぷりは」
そんなに俺に近づかれるのがいやだったのか? それとも……さっきの夢と俺がいつの間にか芝生にいたのと関係が………ま、なんにせよ周りに人がいなくてよかった。缶ジュースぶつけられてぶっ倒れるとはなかなかにカッコ悪い。
俺は町田の置いていったファンタグレープを手に取ると
「ま、もったいねぇし」
プルトップを思いきり引っ張った。
ドバアァァッッッ!!
と、勢いよくファンタグレープが逆噴射した。
「ほんと………誰もいなくてよかったよ……」
うあ〜、体操服あったか?
グショグショになった服が気持ち悪いのでとりあえず教室へーー
「ちょっ! どうしたのさそれ!」
入った瞬間に下和田と鉢合わせ。
「し、下和田!」
さっきの事を思い出して俺は一瞬、たじろいだ。
「?? なに?」
下和田が不思議そうな顔をする。
「い、いや、何でもない」
おいおい、あれは夢だろう?
俺は気を取り直して濡れた頭をガシガシと掻きながら笑ってごまかした。
「いや〜、ちょっとジュースが思いきり逆噴射しちゃってなぁ」
「え、大丈夫?」
「ああ、今日はジャージでも着てすごすわ」
言いながら俺はジャージの入ったボストンバックを手に取ろうとする。
「あ、なんか調子戻ったみたいだね」
ん……?
下和田の言葉に俺は動きを止めた。
調子が戻った? なんのことだ? もしかして、俺が芝生に寝転がっていたことと関係があるのか?
「なぁ、今日の俺はなにかおかしかったのか?」
「え、なにいってんの? おかしかったじゃない。俺が話し掛けたら赤くなったり、オロオロしたり、泣き出しそうになったり」
なんだ……その、恋する乙女みたいな反応は!!? 俺が下和田にそんな気持ち悪い反応を!?
「そしたら、調子が悪いからって外に出たんじゃない」
なにやら俺がショックを受けている間に話は少し進んでいたようだ。
なにがそしたらなんだ? 俺はもう一度聞こうとする。
「それと、あれはちょっとまずかったんじゃない?」
が、それよりも何か気になる事を言い始めた下和田。
「ま、まずいとは?」
「とは? て、暁。覚えてないの? 菊池を凄い勢いで押し倒した事」
は!!?
「な、なんだそれ?」
とても現実的ではないことを言われた気が……。
「なんだそれ、て言われても。暁泣きながら菊池に抱きついてたじゃない? 菊池、凄い困惑してたけど……あれ、怒ってたんじゃ」
もう、なにがなんだか………。てか、マジでヤバそうだな!
あ、謝らないと!
「そ、それで菊池は………」
「今日は早退しただろ? お母さんが倒れたってことで」
な、なんてこった………。
帰宅後、俺はベッドの上で考えた。
なんだ? 何が起こった? あれは夢じゃなかったと? 俺があっちに行ってる間にあっちの俺がこっちに来てたってか?
「てか、それってなんだよ!!?」
駄目だ。考えれば考えるほどわけが解らん。
「もう、答えが出ない。だったらもう、寝てしまおう!!」
俺は小田切 メイちゃんのポスター(謎のイケメンから元に戻っていた)を一瞬眺めてから布団の中に潜った。
−ーーーーー
(ちょっと起きて)
声? どっかで聞いたことがある気がする。
(ねぇ、ねぇってば)
………グゥZzzz
「お、きろっ!!!」
ガッチィィンッッ!!!
「いがっ!!?」
俺の額に衝撃が走った! な、なにが……め、目覚まし時計!! こんなもんが俺の額に! て、これ、誰が投げた!!
「だ、誰かいる‥の‥か!?」
「やっと、やっと起きた」
目の前に確かに人がいた。なんか少し疲れた表情で俺を見下ろすピンクのパジャマの女がひとり。
「あ………」
俺、俺はコイツを、知ってるぞ。
コイツは
………。