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ランドルフ王子の憂鬱 3

 ランドルフを中央に、レイモンドとブラントそれぞれ馬に跨り帰路についた。


「アンネリーゼさんの護衛はお前にそっくりだったな、ブラント」


 聞きにくいことをあっさり口にできるレイモンドに、ランドルフは内心感謝する。


「おそらく兄ですから」

「おそらく?」


 レイモンドは首を傾げた。しかしブラントはそれを気にした様子もなく、眉毛の一本も動かさずに言葉を続ける。


 エリヤはメイド服を身にまとい、見た目だけならかなり背の高い絶世の美女だが、声は誰が聞いても男性のそれなのだ。


 本人も周囲も、エリヤが男であることを特に隠している様子はなかったので、何か理由のある女装なのだろう。


「僕の記憶のある限りは会っていませんので、おそらくとしか言えません。兄がいることは両親から聞いて知っていました。あの顔、おそらく彼が()()なのでしょう」


 感情のこもらない話し方をするブラント。いつもと変わらないのだが、レイモンドはそれ以上何も言えなくなった。


 家族というのは、それぞれ内に秘めているものがあるらしい。ふたりの会話を聞いていたランドルフはそう思った。


 ブラントは国境近くに長く住む一族の出身だ。武芸に秀でた者を多く輩出する家柄で、辺境伯と親戚に当たる。


 彼はまだ十五歳だが天才剣士と言われ、王宮にやって来た。


 レイモンドの剣技は虎のようだと言われている。普段はとぼけた印象だが、ひとたび剣を手に取るとまるで人が変わる。


 ブラントの剣技は初めて見たとき、蜂のようだとランドルフは感じた。速く、鋭く、華麗で予測不能。


 二人が打ち合い稽古をはじめるとそれを見るために人が集まるほど、ランドルフの護衛は優秀だ。


 馬上でゆっくり夕日を仰ぐ。一羽のカラスが羽ばたいている空が、いつもと違うオレンジ色に思える。


 ひとりの少女に出会い、そこから連なるできごとだけでこんなに心持ちが変わることにランドルフ自身戸惑っている。


 今日はランドルフにとって、学ぶことの多い一日になった。





 ✙✙✙✙✙✙✙✙





 お掃除をいたしましょう。

 ロロン王国がキレイになるのは良いことですもの。


 きっとみんな喜ぶわ。

 あの方だって褒めてくださると思うの。


 そうして私は――――





 ✙✙✙✙✙✙✙✙


 昨日の騒ぎなどすっかり忘れ去ったような、いつも通りの王立研究院の朝を迎えた。


 アンネリーゼも普段と変わらず、与えられた実験室へ入る。

 特待生はそれぞれに部屋と担当教官が割り振られている。


「ランドルフ王子と会ったそうだね」


 アンネリーゼの担当教官、クリストハルトは湖のように穏やかな微笑みを浮かべる。


(先生の差し金だったのね)


 これで突然ランドルフがアンネリーゼを訪ねてきたことに合点がいった。


 雅やかで退廃的な美青年は、王立研究院では最年少の教授(プロフェッサー)だ。ゆったりと結わえた長く美しい烏の濡羽色の髪に陽の光が遊んでいる。


 美男子の先生は当然、女生徒からモテる。クリストハルトも例外ではないが、変わり者だと噂されており観賞用として皆、遠巻きに眺めている。


 アンネリーゼの担当をしているだけで、他の生徒とは接点もなかった。


「お知り合いなのですか?」

「家庭教師のひとりなんだ」


 クリストハルトは王立研究院の特待生史上最年少記録保持者である。勉学も優秀だが、魔導師としても一流で、それ故にわがままで気まぐれだ。しかしそれを許される力がある。一方で敵も多い。


 家柄も良いそうだが、男ばかり四人兄弟の末っ子だからと自由にしている。


 アンネリーゼの担当は彼が自ら手を挙げた珍しい例だ。彼女の魔法は天才魔導師の興味を引いたらしい。


「私が君のことを話したら興味津々だったけれど、こんなに早く動かれるとは思っていなかったよ。昨日は何やらお考えの顔になられていたし。どんな魔法を使ったのかな?」


 ランドルフ王子の言動はクリストハルトを参考にしているようだとアンネリーゼは感じた。


「私ではありません。エリヤに言われたことに堪えたのだと思います」

「なるほど」


 クリストハルトは初めて会ったときから少し離れた場所からアンネリーゼを守るエリヤの存在に気づいていた。

 会いたいと言われて引き合わせた。エリヤが男性だということも会う前から見抜いていた。


 敵に回したくない人物だ。


「エリヤさんは当たりが強そうだし、王子は素直なお人柄だからね。気の毒に。アンネリーゼさんとは年齢も近いし、仲良くしておくと良いと思うよ」

「先生もランドルフ王子と同じ考えなのでしょう?」


 アンネリーゼの言葉に、クリストハルトは小さく微笑んで、いたずらっぽく肩をすくめる。


「だから私と王子を引き合わせたのですね」


 アンネリーゼは皮肉っぽく唇の端を上げる。


「学生さんを巻き込むのは難しくてね。ましてアンネリーゼさんを担ぎ出すのは、鬼の憲兵団副団長におとなしくしていただかないといけないし」


「ギデオンさんはとても多くの人に愛されていたのですね」

「私と友達になってくれるぐらい、心の底から優しい人間だったよ。この世のきれい事を全部集めて具現化したら彼になるんだと思っていた」


(どんな聖人君子だったのか、お会いしてみたかったわ)


 王子にも、稀代の天才にもこれほど愛される男。アンネリーゼの好奇心がくすぐられる。


「だからね、誰かに恨まれるなんてあり得ないと思うんだけど」


 伏し目がちになり、戯けたような小さなため息をひとつ吐き出すクリストハルト。

 アンネリーゼは珍しく感傷的だと教官を眺める。


 らしくないと首を横に振って顔を上げたクリストハルトと、アンネリーゼは目が合った。


 自嘲するような苦笑を浮かべて、クリストハルトは強引に話題を変えた。


「アンネリーゼさんも、王子の婚約者候補になることを良く了承したね」

「そうしないと私が捜査できる事件にたどり着けそうにありませんから」

「この魔法と言い、そこまで探偵にこだわる理由を聞いても良いかな?」


 クリストハルトの質問に、アンネリーゼは目をしばたたく。


(前世の記憶なんて言っても信じてもらえないでしょうし……)


 どう言えば伝わるか教え子がしばらく考え込んでいる間、教官は僅かも空気さえ揺らさずに答えを待っていた。


 アンネリーゼの頭にひとつのフレーズが思い浮かんだ。今度は動きを考え始める。ここは大仰なポーズより、静かに伝えた方が効果的だと判断する。


「……魂の記憶がそうさせるのです」


(決まった)


 アンネリーゼは内心そう思った。外側はあくまでクールな美少女のままで。


 しかしクリストハルトの反応はアンネリーゼの予想と違った。

 プッと吹き出して、そのまま腹を抱えて笑う。人間はこんなに大笑いするのかというほど笑い転げていた。


 アンネリーゼは恥ずかしいやら悔しいやらで、顔が真っ赤になってしまう。


「アンネリーゼさんは本当に愉快な人だね」


 笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭いながら、クリストハルトはつぶやいた。

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