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ランドルフ王子の憂鬱 2

「いくらランドルフ王子の頼みといえども、お父さんは許しませんよ! アンネリーゼちゃんの身に何かあったらどうするんだ!」


 アンネリーゼの父ヴィリバルトは、鬼の憲兵団副団長として知られる人物だ。

 しかし家庭では家族を、特に妻と娘を愛してやまないパパである。その姿は家の中でしか見せない。息子には少し厳しく接している。


 おっとりした世間知らずの母、ドリアーヌがこの話に加わるとややこしくなる未来しか見えなかったので、アンネリーゼと弟のジュリアンによって退席させられていた。


 ヴィリバルトは愛娘から、ランドルフ王子との探偵計画を聞かされた。


 確かに将来有望なギデオンの死は気の毒だったし、慕っていた王子の白黒つけたい気持ちもわからなくはない。


 しかし憲兵団が事件性はないと判断したのだ。それを気に入らないと行動されて、良い気はしない。


 それにかわいい我が子を危険に巻き込みたくない、自然な親心もあった。


 ランドルフは憲兵団副団長としてのヴィリバルトの顔しか知らなかったので、あまりのギャップにあ然としてしまう。


 国王であるランドルフの父、マクシミリアンと触れ合う時間はあまりなかった。しかし父にこんなに表と裏を感じたことはない。いつも威厳のある姿だ。


 アンネリーゼは左手を胸の中心に当て、ヴィリバルトに真っ向から対峙した。


「魔法での攻撃なら、すでに様々な魔法障壁を私自身がまとっていますし、物理攻撃なら私も少しはできます。それに、何があってもエリヤが必ず守ってくれます」


 ランドルフはちらりとエリヤを一瞥する。凛とした横顔だ。


 王子より少し背の高いメイド服の護衛は佇まいからただ者ではないとわかる。そして、彼の護衛のブラントと顔がそっくり過ぎる。


 ずいぶんアンネリーゼはこの護衛を信頼しているようだ。


「王宮図書館へ自由に出入りできる権利なんて、この機を逃したら手に入りません!」


 アンネリーゼの力説に、令嬢の背後でエリヤは愉快そうに相好を崩した。

 ランドルフは仏頂面になる。アンネリーゼは王宮図書館に出入りする権利を手に入れるのではなく、ランドルフ王子の花嫁候補になるのだ。


「旦那様、アンネリーゼ様は必ずお守りしますので、お許しいただけませんか?」

「エリヤまで……」


 ヴィリバルトに許しをもらうため、何か言葉を発しなければとランドルフは思った。


「私が言い出したことです。責任を持ってアンネリーゼさんをお守りします」


 ランドルフがそう言った途端、突き刺すような鋭い視線をエリヤは王子に向ける。


「あなたに何ができると言うのですか? 失礼ながら、ランドルフ王子が魔法や体術でアンネリーゼ様より優れているとは思えません」

「エリヤ」


 アンネリーゼにやんわり制され、エリヤはそれまでの冷静なメイドに戻ってすまし顔になる。


 ランドルフは鈍器で頭をかち割られたような衝撃を受けた。エリヤの言う通り、アンネリーゼは彼女の身は彼女自身で守ると宣言した。


「ランドルフ様は王宮図書館に出入りできる権利を与えてくださいます」


 アンネリーゼとしては微笑みを浮かべてフォローしたつもりだった。


 ランドルフにとっては、それはとどめを刺された以外の何物でもない。

 王子として王宮に自由にできる権利をアンネリーゼに与えられる。そうなのだが、それではいけない。それだけではなく、すべての面で王子の花嫁候補として安全を与えなくてはいけないのだ。


 もしもギデオンの死に犯人が存在するのなら、なおさら。

 王立研究院に通うアンネリーゼの存在を知り、危険に巻き込むのだから。


 しかし全く頼られていないと思い知り、ランドルフは形容しがたい重い気分になる。


「ヴィリバルト殿、お願いします」


 ランドルフに深く頭を下げられ、ヴィリバルトは顔面蒼白になった。


「王子、頭をお上げください」

「私がいかに無力で浅はかだったか、思い知りました。アンネリーゼさんと過ごし、知見を広げ、私の足りない部分を見直したいです」

「そ、それはうちの子じゃなくても……」


 ランドルフの耳にはヴィリバルトの小さな抵抗は届いていなかった。


 真っ直ぐな澄んだ瞳でランドルフ王子に見つめられたヴィリバルトは、視線でアンネリーゼに助けを求める。


 父の心配をよそに、愛娘は完全に王宮図書館に目が眩んでいた。


 それを察したヴィリバルトは、今度はエリヤをうるうると見つめる。しかし、アンネリーゼに絶対服従のエリヤは秀麗な笑みでヴィリバルトのお願いを弾き飛ばした。


 孤立無援状態のヴィリバルトは頭を抱える。


「アンネリーゼさん、あなたとお試しのお付き合いを始めると家族に伝えるよ?」

「よろしくお願いいたします」


 若者たちは無邪気に計画を進め始めている。これは止めても聞かないだろう。


「アンネリーゼ様は必ずお守りいたします」


 エリヤは涼しげな双眸で、ヴィリバルトを真っ直ぐに見つめる。視線が交差すると力強く深くうなずいて見せた。


 ヴィリバルトは大きなため息をつく。何もない可能性の方が高いのだから、それが判ればこの遊びを終えるだろうと考え、気持ちを立て直す。


「……よろしく頼む」


 しかし問題がもうひとつあった。


 何かの拍子に、アンネリーゼが本当にランドルフ王子と婚約となったら。


 ランドルフ王子と結婚だなんて、とてもありがたいことではある。名誉なことだとわかっている。


 しかし父親である以上、どんなに素晴らしい結婚相手でも複雑な気持ちになるのだ。


 ヴィリバルトは再び大きなため息をついて背中を丸めた。

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