恋する王子
ジャンヌとクラリスは旧交を温めることはなく、互いに謝りあって終わった。
クラリスの表情は疲れていた。
それでも見送りに出たアンネリーゼたちに、王母の柔らかで気品あふれる笑顔を見せた。
ランドルフ王子はなぜかここに残ると言ったので、馬車にはクラリスひとりが乗って、シュツルム家から去った。
アンネリーゼにとっては好都合だったが、祖母にやはりいろいろ言ってしまった手前、ランドルフ王子は狭い客車で顔を突き合わせるのが嫌だったのかと勘ぐってしまう。
「お嬢様」
やはり疲れた様子のジャンヌを休ませに行ったエリヤがアンネリーゼの元へやって来る。
「ジャンヌ様のご様子はどう?」
「ベッドで横になられています」
エリヤとランドルフ王子の視線が交わり、軽く火花を散らす。
「ランドルフ様もお疲れ様です。誰の哲学書をお読みになったのか、とても興味深かったです」
「哲学書?」
どこか弾んだアンネリーゼの声に、エリヤが質問する。
「ええ。ランドルフ様のおかけで、ジャンヌ様がようやく涙を流せて、クラリス様のお気持ちも少し変わったようです。ぜひ私もランドルフ様のお読みになった書物を読みたいと思っております」
こんなにアンネリーゼに褒められると、ランドルフ王子は鼻が高い。
「哲学書ではありません。私が参考にしたのは、演技論の本です」
ランドルフ王子の意外な返答。アンネリーゼは目を丸くして、かわいらしく指先をそろえて口元を押さえた。
「演技論、ですか?」
「はい。アンネリーゼさんのように、私ももっと人間について知った方が良いと思い、図書館司書に尋ねたところ、薦められた本の中に入っていました」
照れくさそうに斜め下を見ながら話すランドルフ王子。
王子はふと近づく影に気づいて顔を上げる。今にもアンネリーゼの顔が、ランドルフ王子の唇についてしまいそうな距離にあった。
「アンネリーゼさん⁉」
「その司書の方、ご紹介いただけますか?」
真顔のアンネリーゼを目の前に、ランドルフ王子の急上昇した体温が、すん、と元に戻る。
「了解した」
「ありがとございます」
アンネリーゼがふわりと花の蕾がほころぶような微笑みを見せたので、ランドルフ王子は全てを受け入れてしまう。
「近いうちに時間を作るので、連絡します」
「お待ちしております」
今にもスキップしそうな軽やかな足取りでアンネリーゼは廊下を歩く。ジャンヌのいる客間へ、様子を見に行こうと思っていた。
開いた応接間のテーブルの上に忘れ物があることにアンネリーゼは気づいた。
絹のハンカチの上に鎮座する、青い小瓶。
(結局、三つ目の指紋は誰のものか、特定できませんでしたわ)
あの男が触れて、指紋がつくのか疑問だ。
先ほどのクラリスの発言で、アンネリーゼの中でもうひとり候補が上がった。
シャルルが触れたのかもしれない。ジャンヌの行いを全て察していたようだ。
(亡くなってしまった方からは話も聞けませんし、指紋も取れませんものね)




