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密約 7

 ()誰時(たれどき)


 まだ空が薄暗い中、ジャンヌはクラリスの部屋に忍び込んだ。


 念の為、ジャンヌはクラリスの屋敷全体に眠りの魔法をかけていた。家の中にいる人は全員深い眠りにつかされている。


 上手く眠れないと言っていたクラリスも安らかに眠っている。

 いつもなら愛しくて仕方のないクラリスの寝顔が、こんなにも苦しい。


 最初からこうして無理にでも眠らせていれば良かったとジャンヌは思う。


「クラリス……」


 クラリスの柔らかな頬にかかる髪をジャンヌは人差し指の背でそっとすくう。

 それだけでこんなにも心が温かくなる。


 もっと別の解決法を、シャルルとクラリスと一緒に考えれば良かった。


 後悔しても今更だが。


 突然現れた男に渡された小瓶。捨ててしまえば良かった。ジャンヌはそう思いながら握りしめる。

 中身は良からぬものだと思うが、ジャンヌ自らあおる勇気はなかった。


「ごめん……」


 きっとクラリスなら、正しい対応をしてくれる。勝手にそんな期待をした。


 ジャンヌは頭の中がぐちゃぐちゃだった。クラリスを手にかければ永遠にジャンヌのものにできるなんて、恐ろしいことを考えた自分が恐ろしかった。


 ひとつ歯車が狂うと身勝手な振る舞いを、間違った判断だと思いながらもそうすることを止められなかった。


 ジャンヌ自身、坂道を転げ落ちるような感覚をずっと味わっていた。苦しくて苦しくて仕方なかった。


「助けて……」


 掠れた声で絞り出した。


 ジャンヌの様子を、男はバルコニーからずっとうかがっていた。


 良心を取り戻しつつあるジャンヌを、つまらなさそうに眺める。


「使えないな」


 唇を尖らせて、ジャンヌの不甲斐なさをなじる。


 男が誘導してやれば、人はおもしろいように自分の欲望のまま他者を害していったのに。


「契約終了っと」


 トンっと一度跳ねると男は姿を消した。


 ジャンヌは重い身体を引きずるようにクラリスの屋敷から外へ出た。そこへ丁度現れたのは、ふたりの護衛を伴ったシャルルだった。


「シャルル……」

「ジャンヌ、どうした?」


 あまりにひどい顔をした幼馴染みにシャルルは驚いて駆け寄った。


「シャルルこそ、どうして……」

「不意に目が覚めて、胸騒ぎがした」

「ちょっと、すごすぎるよ」


 ジャンヌは苦笑いをする。シャルルがクラリスの危機を察知できるだなんて、想像していなかった。夜明け前でも駆けつけるなんて、とても敵わない。


「お願いだ。クラリスを助けて」

「もちろんだ」


 深くうなずいたシャルルを見て、ジャンヌは安心した。ジャンヌのとび色の瞳に涙がにじむ。


「ジャンヌ、君も救う。今日はもう屋敷へ戻れ。ゆっくり休むんだ」


 ジャンヌがこんなにシャルルの声を頼もしく思えたのは初めてだった。


「頼む……」

「屋敷まで送ってやってくれ」


 シャルルの護衛のひとりがジャンヌに付き添う。

 ジャンヌはそのまま振り返ることなく屋敷へ戻った。

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