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密約 5

 クラリスの危機はこれでおそらく回避される。

 そう思っているのに心のモヤは晴れない。


 令嬢の遺体が発見された朝、ジャンヌはひとり、遠乗りに出かけた。何かに導かれるようにいつもとは違うコースで、縁もゆかりもない西方へ自然に向かっていた。


 ジャンヌの行動でひとりの女性が命を落とした。これは紛れもない事実。ジャンヌが一生背負う十字架だ。


 手綱を握る手に力が入る。


 冷静に。余計なことは考えない。


 帰ったらいつものジャンヌ・グラーツに戻り、クラリスの元へ行こう。クラリスの美しい心に触れて、浄化されよう。


 そう思うのに、この汚れた手でクラリスに触れられるのかと問う、もうひとりのジャンヌが現れる。


 心が乱される。


 もうひとりのジャンヌは、懊悩(おうのう)するジャンヌにからみつく。そして耳元でささやく。


「どうせ手に入らない。ならばクラリスに知られる前に。互いに美しい記憶のままいられるように」


 のどの奥でくつくつ笑う、もうひとりのジャンヌ。


「シャルルは隠し通してくれるだろう。だけどクラリスは残念ながら私が望むほど愚かではない。そこがまた愛しいのだから、困ったものだ」


 初めてクラリスと出会った時、恋に落ちたのはシャルルだけではなかった。


 ジャンヌも、クラリスから目が離せなくなっていた。


 共に過ごす時間が増えるほど、ジャンヌはクラリスへの想いを募らせた。同時に、シャルルに惹かれていくクラリスにも気づいてしまった。


 ジャンヌの想いは、現在でも難しいのに、その当時だととても周囲に理解してもらえないものだった。

 だから余計にひた隠した。


 そしてシャルルとクラリスが結ばれるよう尽力した。

 大切な幼馴染みと、大好きな女の子が一緒に幸せになってくれたら、こんなに素敵なことはない。


 ジャンヌはそう自分に言い聞かせていた。


 黒い思考を、必死に抑える。


 馬を停め、強く拳を握った。うつむいて胸の辺りを押さえる。闇に飲み込まれるまいと、懸命に抗う。


「私の犠牲の上に、ふたりの幸せは成り立っている」

「そんなことは……っ」


「ない、と言い切れるの?」


 不意に声をかけられ、ジャンヌは驚いて顔を上げた。


 馬上のジャンヌの隣に、彼女を見上げる男がいる。


「誰だ⁉」


 ジャンヌは馬を巧みに操り、男と距離を取る。


「すごいね、君! 女の子なのに馬を操るのが上手い!」

「誰だと聞いて……」

「君の力になろうと思って来たんだ」


 ひょうひょうとした男はジャンヌの質問に答える気は一切ないらしい。張り付いたような笑顔を崩さない。


 ここで初対面の得体のしれない男とにらめっこしていても埒が明かないと、ジャンヌは再び馬で走り出す。


「君の願い、叶えてあげるよ」


 薄ら笑いを浮かべながら、男はジャンヌの背中を見送った。

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