ジャンヌ
「突然失礼いたします」
ランドルフ王子からの手紙を携えたアンネリーゼが何の前触れもなく訪れて、アイゲンラウホ辺境伯の屋敷は騒然となった。
さらにアンネリーゼはランドルフ王子の婚約者候補、クリストハルトはランドルフ王子の家庭教師のひとりだと知ったアイゲンラウホ辺境伯はあわてふためく。
辺境伯の親戚であるエリヤも同席しているが、長年会っていない上に女装しているので気がついていない。
「お越しになると存じていればそれなりの準備をいたしましたのに……」
残念そうに辺境伯はつぶやく。アイゲンラウホ辺境伯とその一族は王族への忠誠が強い。
「こちらが押しかけたので、どうかお気になさらないでください。申し訳ございません。奥方のジャンヌ様にお会いしたいのですが、ご在宅ですか?」
クラリスの関係者と関わることをジャンヌが嫌がり、いなくなられては困ると言うことで事前に伝えなかった。
アンネリーゼに問われた辺境伯は、すぐに執事に目線で指示を出した。執事はうなずくと急いで奥へ走る。
(この反応、ジャンヌ様はこちらにいらっしゃいますわね)
アンネリーゼはひとまず安堵した。
執事に呼ばれて現れたのは、年齢不詳の迫力美人だった。
スラリと背が高く、手足が長い。確かに手や首に年齢を重ねている感はあるが、とても七十歳のおばあさんとは思えない。
「初めまして。アンネリーゼ・シュツルムと申します」
「お初お目にかかります。私はアイゲンラウホの妻のジャンヌでございます。どう言ったご用件ですか?」
ジャンヌは明らかに、突然現れたアンネリーゼに不審そうに見る。
「クラリス様から依頼をいただきまして、調べるうちにジャンヌ様とお話をしたいと思い、参った次第です」
「クラリスの……」
ふと、ジャンヌの動きが止まる。その視線はクリストハルトに釘付けになっていた。それをアンネリーゼは見逃さない。
「あなた、どうして……」
どこか怯えたジャンヌは蚊の鳴くような声でつぶやく。
クリストハルトは挑発するように、意味深に薄く微笑んだ。
「クラリス様⁉ ジャンヌ、そう言えば……」
国母と妻のつながりに興奮したアイゲンラウホ辺境伯に、ジャンヌの声はかき消された。
小さくため息をついたジャンヌは凛とした雰囲気に戻り、アンネリーゼの正面に立つ。
「ここではない場所でなら、お話いたしましょう」
「かしこまりました」
ジャンヌを馬車に招き、アンネリーゼたちは宿へ戻ることにした。アイゲンラウホ辺境伯は付いてきたそうにしていたが、さすがにぐっと堪えたようだ。
客車の中、アンネリーゼとジャンヌは向かい合って座る。
「クラリスは元気かしら?」
「はい。公務に出かけていらっしゃいます」
「……そう」
ジャンヌはとても穏やかに微笑んだ。




