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恋心

「大丈夫ですか?」


 エリヤはアンネリーゼを抱きしめたい衝動に駆られた。


 よっぽどの奇跡が起こらない限り、アンネリーゼはこのままランドルフ王子と婚約して、結婚するだろう。


 彼女が幸せならば、それで良い。ランドルフ王子の伴侶となれば、アンネリーゼの名探偵になる夢は間違いなく叶う。とても喜ばしいことだ。


 けれどもう二度と、この距離でいられることはない。


 エリヤの長い腕がアンネリーゼを包み込み、メイド服の胸に引き寄せた。


「怖い夢を見ていました」


 エリヤは胸いっぱいにアンネリーゼの香りを吸い込む。甘い砂糖菓子とバラの香りが程よく調和している。


 こんなに華奢な少女なのに、魔法で次々と捜査道具を作り出し、道なき道をひとりで進む精神力はどこからあふれてくるのか。


「うなされていましたから、そうだろうと思っていました」


 その上、この優しさ。

 心を奪われないでいるのは無理な話だとエリヤは思う。


「お嬢様に会う前のことは、全て忘れたはずだったのですが」


 エリヤの背中でアンネリーゼの右手がぽんぽんと優しく跳ねる。


「怖いの怖いの、飛んで行け」


 どこかおどけたアンネリーゼの言い方と声音に、エリヤは安心した。


 同時にアンネリーゼからエリヤへの親愛の情は痛いほど感じられる。だがそれでは物足りないことに、エリヤは気づいてしまった。


 どんどん欲張りになるエリヤ自身が怖くなる。


「……ありがとうございます」


 本当はこの温もりにもっと触れていたいのに、ゆっくりとアンネリーゼの腕を解く。


「お嬢様はもう少し人の心の機微に触れて、詳しくなられるのがよろしいと思います」


 こんな言葉でアンネリーゼを突き放して、傷つけたいわけではない。それなのに、こんな振る舞いを選んだエリヤは自己嫌悪に陥った。


 アンネリーゼは息を呑んで、目を大きく見開いている。


「本当にそうですわね。エリヤの言う通りですわ」


 エリヤの手厳しい一言で、アンネリーゼは開眼した。


 小瓶をクラリスの枕元に置いた犯人をジャンヌと仮定した時、どうしても思いつかなかった動機。


(ジャンヌ様がシャルル様をずっと好きで、クラリス様に嫉妬したと考えるからどうもしっくり来なかったのですわ)


「ありがとうございます、エリヤ」


 アンネリーゼはエリヤの手をそっと握って感謝の意を伝えた。


「どうしてジャンヌ様がクラリス様にあの小瓶を渡したのか、ようやくわかった気がいたします」


 エリヤがアンネリーゼと目を合わせると、探偵令嬢は自信満々な表情で深くうなずく。


 エリヤが本当に言いたかったことが、アンネリーゼにはつゆほども伝わっていないことがわかった。


 あまりのアンネリーゼの鈍感さにエリヤは驚愕する。しかしとてもアンネリーゼらしいと全身の力が抜けて、吹き出してしまう。


 珍しく声を出して笑うエリヤを、アンネリーゼはきょとんと見上げる。


「どういたしましたか?」

「さすが、お嬢様です」


 はちみつのように甘やかな微笑みを浮かべたエリヤは、アンネリーゼの額にそっとキスをした。

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