怖い夢
「これでやっと私が主役になれるのね」
まだ七歳だったエリヤは、ドアの向こうから聞こえたその声にゾッとした。意味は良くわからないが、聞いてはいけないような気がした。
エリヤが五歳の時に、母は病気で亡くなった。厳しくも優しかった母親の教え通り聞き分けの良い子にしていると、周囲はエリヤをとても褒めてくれた。
こうしていれば間違いないと、エリヤは幼いながらも思った。だから余計に、大人に言われた通り勉強も運動も頑張って、周りには気遣いを忘れない少し大人びた子どもになった。
その上、エリヤは眉目秀麗。
さらに同じ年頃でエリヤほど剣技に優れた子どもはいなかった。
否が応にもエリヤの存在感も注目度も一族の中で増していった。
天国で見守る母の期待に応えようと励むエリヤとは対照的に、エリヤの父は妻の喪失に心が弱りきっていた。酒に溺れそうになっていたところを助けたのはエリヤの母の妹、つまり叔母だった。
母が生きていた時、彼女はとても優しくて、エリヤをかわいがってくれた。
しかしエリヤの父と結婚して継母となり、妊娠するとエリヤと彼女の関係はギクシャクし始めた。
つわりで寝込んでいた継母に、エリヤは庭に咲いていたバラを数本摘んでお見舞いとして届けた。体調不良で気が立っていたのかもしれないが、彼女はそれをエリヤの目の前で床に叩きつけた。
まだまだ子どものエリヤは、それがとてもショックだった。しかしなんとなく、父にも、祖父母にも言えなかった。
それからエリヤは徐々に継母を避けるようになった。
食事の面倒は父方の祖母が見てくれていたので問題なかった。
そんな状態で聞いてしまったこの発言。
恐怖でエリヤは足がすくんだ。ここにいたくない。早く離れないとと思っているのに、動けない。
「だけど、エリヤがいたんじゃ、私の子が注目されない! いつもそう! 姉さんもエリヤも、障害でしかないわ!」
「そんなに興奮すると、お腹の子に障るよ」
話を聞いていたのは父親のようだった。
「だって、やっとなのよ! やっと私の番なの! この子がエリヤ以上の顔と才能で産まれてくれたら……」
「大丈夫だよ。僕と君の子どもだ」
父が継母の発言をいさめてくれなかったことにも、エリヤは絶望した。
赤ちゃんが産まれたら、ますます居場所がなくなる。
そう思っていたが、良い子のエリヤが産まれた弟を粗末に扱うことはなかった。
そして予想通り、両親の愛情は全て弟へ。
積極的に虐待をされたことはなかったが、存在が無のようなところでは少年は上手く息ができなかった。
それでもまだエリヤは、良い兄で、良い子どもでいようと笑顔で愛想を振りまき続けた。
まだ上手く歩けない弟が転びそうになったのを抱きとめた時、その頼りなさがとても愛しく思えた。
しかしすぐに継母に弟を奪い取られ、エリヤは突き飛ばされ、引き離された。
あの時の憎悪に満ちた目が忘れられない。
あの血走ったような――――。
そこでエリヤはハッと飛び起きた。思わず立ち上がる。
「大丈夫ですか?」
心配そうにエリヤを見上げるアンネリーゼがいた。




