言い伝え
西方のとある場所にその祠ができたのは、百五十年ほど前のこと。
ロロン王国を大混乱に陥れた魔王を、勇者一行が封じ込めた。
魔王は、もともと人間だった。魔力が強く、どんな魔法でも使いこなせる彼は、魔法の研究開発に没頭した。
やがて彼は、禁断の魔法を試し始める。
死んだ人間を生き返らせる魔法だ。最初は上手く行ったように見えた。しかし死者は蘇ると生きている人間を見境なく襲い始めた。
人々はこんな魔法を生み出した彼を恐れ、呪った。
彼は助けたつもりの人々に裏切られたと、闇に染まった。死体を操り、彼を忌み嫌い攻撃してきた人たちに反撃を始めた。
西方の隅で起こっていたできごとは、死霊使いとなった彼を崇める人間たちによって、あっという間にロロン王国中に厄災を振りまき始めた。
多くの人が死に、ロロン王国は荒れた。
その頃のいろいろな人の日記を読むと、苦しくなるような記述だらけだ。
勇者はとても優しい少年で、早くに両親を亡くして孤児院で生活していた。しかし実は、王族の血を引く少年だった。
勇者の子孫が現在のロロン王国の王家だ。
魔王の封じられた祠の周辺は、昔から不思議なことが起こると言い伝えられていた。
祠の近くで願いごとをすると、若い男が現れて手助けしてくれると言う。悪巧みの方が聞いてくれる。
「これがあの男と関係があれば、あれは魔王の残りカスみたいなものかな」
かき集めた書物を前に、クリストハルトは腕組みをしてうんうんとうなずく。
「良くない願い……」
(ジャンヌ様がこの近くでクラリス様を亡き者にしたいと思ったのかしら? だからクラリス様は私たちにジャンヌ様のことを隠していたのかしら。だけど……)
マノンの話に出てくるジャンヌとはどうしても一致しない。
(私はまだ何か見落としているのかしら)
「ジャンヌさんはアイゲンラウホ辺境伯と結婚して、西方で暮らしていらっしゃいます」
ランドルフ王子からの情報に、アンネリーゼは腹をくくった。
(ご本人に直接聞くしかありませんわ)
「ありがとうございます。ランドルフ様」
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馬車が西方へ近づくにつれ、エリヤの表情は冴えなくなっていく。
西方へ行くのはクリストハルトとふたりでも大丈夫だとアンネリーゼはエリヤに言ったが、エリヤが頑なに一緒に行くと言ってきかなかった。
「どうすれば楽になりますか?」
「少し肩をお貸しいただけますか?」
エリヤは隣に座るアンネリーゼにもたれかかる。身長差のせいで、肩ではなく頭をくっつける形になった。
アンネリーゼの髪の香りが、エリヤを落ち着かせる。
実家に立ち寄るわけでもないのに、西方へ行くだけでこんなに憂鬱になる自分が少し情けないとエリヤは思った。




