吊られた男 4
「オードリーは妊娠してて、本当に体調が悪いの。だから……」
「長居はいたしません」
「長居するとかしないとかじゃなくて」
ゾーイは自宅へ帰ろうとしていたが、ついて来ようとするアンネリーゼに困っていた。暗に来ないでほしいと言っているのに通じない。
「急がなければいけないんです。あなたの家までどれくらい時間がかかりますか?」
「馬車なら十分くらいで……」
アンネリーゼが何を焦っているのかわからないゾーイは首を傾げた。
そしてアンネリーゼの後ろでなぜかにこにこしながら、やはりついて来るランドルフにも困惑する。従者のふたりも付いてきていた。
「あ、あの……恐れながら申し上げます」
「なんだい?」
王子の王子様らしい穏やかで美しい微笑みが、ゾーイには却って怖いものに見えた。
男爵家の娘とはいえ、これまで王子と何の接点もなかったゾーイが王族に話しかけるのは勇気が必要だった。少しでも緊張を和らげようと大きく深呼吸して、口を開く。
「ランドルフ様、どうしてついて来られるのですか?」
「オードリーさんのお見舞いに行こうと思って」
ゾーイは数瞬固まってしまう。はっと正気に戻り、両手と首をぶんぶんと横に振った。
「そ、そんな、恐れ多い……!」
「国民を励ますのは王族の責務だよ。ましてや、身重の方には元気になっていただかなくては」
王子としての気持ちを瞳をキラキラさせながら語るランドルフと、おろおろするゾーイ。
このやり取りに挟まれていたアンネリーゼはすっかり無表情だ。
ローワンからゾーイへの疑いを晴らしたのはアンネリーゼだ。それなのに、すっかりランドルフの手柄のような空気になっている。
(私は名より実を取る、なんて言わないの! 全部欲しいのよ!)
王子は傍にいるし、見た目はミステリアスな美少女を気取っているので口には出さないが、それが本心だ。
自称クールな伯爵令嬢は、熱量少なめな声と口調でゾーイに話しかける。
「多分、無自覚に魔法を使っているので、危険だと伝えたいです。オードリーさんにお会いできませんか?」
「それなら私が……」
「収める方法までお伝えしたいので、お取次を願います」
「危険なのならば、直接伝えた方が良いだろうね」
それぞれ強引で話を聞かない二人にゾーイは根負けし、自宅へ招く羽目になった。
「私の馬車で送ろう」
王家の馬車に乗せてもらえる機会など、もう二度とないかもしれない。ゾーイは緊張で卒倒しそうになった。