密約 4
「クラリスを狙う、不穏な動きがある」
雨の降りしきる夜更け。
ジャンヌの屋敷にシャルルが突然訪ねてきた。
シャルルとクラリスの婚約が発表され、表面的には祝福ムードが漂っていた。
しかしジャンヌの目の前にいる親友は、とても幸せの絶頂にいるとは思えない、悲壮な表情だった。
クラリスをどうにか排除して、自分の娘をシャルルに嫁がせようと暗躍する者がいるらしい。中でも質の悪い貴族が、恐ろしい計画を企てている情報をシャルルは掴んでいた。
シャルルは愛しい人にはそれを気づかれないよう振る舞っていたが、吐き出す場所を必要としていた。
雷が近くに落ちたようで、強い稲光に照らされた直後に轟音が響く。
ジャンヌはシャルルの打ち明けごとに息を呑んだ。
どうしてあんな愛らしい少女を受け入れられないのだろう。シャルルの癒やしでしかないクラリスを亡き者にしたからといって、どうしてその席が自分たちのものになると思えるのか。ジャンヌには不思議で仕方なかった。
同時に、黒いモヤのようなものがジャンヌの胸の中で薄く広がりつつあった。
「私にひとつ、考えがある。ただ」
「ただ?」
「クラリスには絶対に秘密にしておけるかい? シャルルは今夜、私とは会わなかった。私は何も知らなかった」
「ジャンヌ」
シャルルの表情が強張る。
「結婚するのだろう? クラリスを幸せにするのだろう? シャルルの手は、絶対に汚させないよ。その代わり、シャルルは立派な王様になって、腐った貴族を一掃するんだ。そうしなければこの先、何度だってクラリスは狙われる」
美しい王子は必死に言葉を探した。目の前の幼なじみが何を考えているのか、彼には手に取るようにわかった。
「クラリスを守ることだけを考えるんだ」
シャルルは己の非力さに打ちのめされた。
顔を上げて、ジャンヌを見つめる。
華麗な公爵令嬢の表情は、すでに覚悟を決めた人間のそれだった。
「クラリスを幸せにしてくれ」
「ジャンヌ……」
「絶対に。約束だ」
ジャンヌは最後まで胸の内を明かすことはなかった。
シャルルは勘づいたが、問いただすことはしなかった。
ジャンヌがツテを使ってしたことはそれほど多くはなかった。
クラリスを目の敵にして嫌がらせをしていた令嬢のひとりに近づいた。
彼女は顔はクラリスに似ても似つかないが、背格好は似ていて都合が良かった。
懐柔するのは簡単だった。
ジャンヌが彼女の愚痴を何も言わずに聞いていれば、勝手に味方認定して懐いてきた。
黒く淀んだものに触れると、クラリスの美しい心に癒やされたいと思った。
クラリスが側にいるだけで、ジャンヌは浄化されたような気がしていた。
しかし今は、会うことができない。
クラリスに疑いが向くようなことは、絶対に避けなければいけない。
全く同じドレスを二着用意した。もちろん足はつかないように細心の注意を払っている。
クラリスにプレゼントすると、わざとらしいほど強調して仕立て屋で見せびらかした。これはフェイクで、実際にクラリスに渡すことはなかった。
しかしジャンヌをつけていた不審な男にはばっちり印象づけることができた。
意地悪令嬢には、クラリスよりあなたの方がこのドレスは似合うとおだてて、着用するお茶会を指定して贈った。
その一方で、クラリスを狙う貴族に向けて、クラリスがとある日時、とある人目につかない場所で無防備になると言う情報を流した。
もちろんこれもジャンヌの仕込みだ。
しかし金に目の眩むゴロツキは簡単に騙されてくれた。
人間は自分の都合が良い信じたいことを信じるのだと、ジャンヌは冷徹に眺めていた。
そして、あの日。
月のない、星のきれいな夜だった。
彼女が尊厳も何もかも奪われて殺されることをわかっていて、ジャンヌは彼女を河辺に置き去りにした。
これでクラリスは守られる。
そう信じているのに、心のモヤは晴れない。それどころか、色を濃くして巣食っていた。




