隠しごと
クラリスから渡されたメモにある人物のひとりは、今もクラリスに仕えている侍女、マノンだった。
今回のクラリスの公務には珍しく同行していないので、アンネリーゼたちは早速会いに行く。
家が一番近いのも、訪ねる理由だった。
マノンはクラリスがいないので、王都にある自宅に戻っていた。
押しかけたアンネリーゼたちに理由も聞かず、嫌な顔ひとつせずに家に入れてくれる。それはランドルフ王子が同行していたからかもしれないがありがたいことだ。
家の中で一番広いダイニングに通してくれた。テーブルには代表してアンネリーゼとランドルフ王子がつく。
「主人の体調が思わしくなくてね。クラリス様がこちらに残るよう仰言ってくださったんだ」
マノンはクラリスと同年代。
家の中は小ざっぱりしていた。さすが家事のプロだ。
「クラリス様のおかげで主人もいい病院に入れてもらえているし、本当にありがたい限りだよ」
全員に淹れてくれた紅茶もとてもおいしい。アンネリーゼは長年の経験に敬意を表しながら飲んだ。
白い上質なティーカップをソーサーに戻しながら、アンネリーゼはマノンに問いかける。
「クラリス様がシャルル様と結婚される前に事件があったことは覚えていらっしゃいますか?」
「忘れられるはずがないよ。クラリス様はとても胸を痛められて、体調を崩されて……。殺された子はクラリス様をいじめていたのに、クラリス様は優しすぎるよ」
当時を思い出したのかマノンはきゅっと唇を結んで両目をを伏せる。
「その頃、クラリス様から何か聞かれませんでしたか?」
「さて、何かあったかね?」
何せ五十年も前の話だ。覚えていなくて当然と思われる。
眼の前で首を傾げるマノンを、アンネリーゼはじっと息を殺して見つめる。視線も手付きも、ウソをついているサインはなかった。
人間はウソをつくとき、視線が右上に向きやすい。手はあごに触れたり口元や顔を隠す傾向がある。
(前世の記憶の、テレビドラマの受け売りですけれど)
ロロン王国ではそう言った心理学はそこまで発展していない。アンネリーゼがこの話をすると、クリストハルトはおもしろがって研究をはじめていた。
「特に印象に残ったことがあればお教えいただきたくて」
「印象に残っていることねぇ……」
マノンは頬に手を当てて考える。
「お忙しい合間をぬってお見舞いにいらっしゃるシャルル様は本当に素敵だったねぇ。ジャンヌ様もしょっちゅうクラリス様を見舞いに来てくださっていたし」
「ジャンヌ様?」
「クラリス様とシャルル様の親友だよ。だんだん疎遠になってしまわれて、今はもうお会いになられていないみたいだけど」
クラリスからもらったメモに、アンネリーゼは素早く視線を走らせる。
(そんな名前はありませんでしたわ)
やはりその名は記されていない。
アンネリーゼはマノンの方へ身を乗り出す。
「ジャンヌ様のこと、お教えください。今どちらにいらっしゃるのですか?」
珍しく興奮気味のアンネリーゼに、マノンだけでなくランドルフも驚く。
(そんなに親しい方を書き忘れるなんてありえませんもの。クラリス様はジャンヌ様をかばっている? でも真相を知りたいとも……)
きっとどちらもクラリスの本当の気持ちなのだろう。
五十年、触れられなかったこと。
忘れていたこと。忘れられなかったこと。
ジャンヌについて知っていることをマノンは教えてくれた。




