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小瓶の謎

 アンネリーゼの鼻をかすめた匂い。魔法でこの小瓶の中身が作られたことを示している。


(もしかしたら瓶も魔法でできているかもしれませんね)


 クラリスはそっと目を伏せた。


「私がお嫁に来る前に事件があったの。シャルル様と正式に婚約者すると決まって間もない時にね、私と間違えられた女の子がひとり、それは(むご)い目に遭って死んでしまった」


 シャルルと言うのは前国王の名だ。すでに亡くなっているが、ロロン王国のこの平和は彼によってもたらされたと言っても過言ではない。


 前国王は今でもロロン王国の民に愛され、尊敬されている。


 ランドルフも聞いたことのない話で、目を丸くした。


「詳しいことは公にはされなかったの。犯人は力のある貴族だったから。その人の雇った良くない人たちも全員すぐに捕まって処刑されたわ。自分の娘をシャルル様に嫁がせたかったからそんなことをしたみたい」


 ぽつぽつと言葉を選んで話すクラリスの様子から、もう五十年ほど前の出来事が未だに彼女の心に傷を残していることがうかがえる。


「私はとても悲しい気持ちになったわ。シャルル様が私と結婚したいと仰言ってくださったのに、魔法の使えない私はやっぱり結婚しない方が良いのかしらと考えたり、私が死んだ方が良かったと泣いてしまったり。そんなある日、これが枕元に置いてあったの」


 クラリスの手の中で、青い小瓶は妖しく輝く。


「誰に聞いてもこんなもの知らないって言われたの。一体何なのか悩んでいた時にシャルル様がいらっしゃってね、私の気持ちをとても丁寧に聞いてくださったの。そしてシャルル様のお気持ちも伝えてくださって」


 そう言ったクラリスの笑顔は、恋する乙女そのものだった。


(今でも大好きでいらっしゃるのね)


 アンネリーゼはクラリスがとても素敵に思えた。


「それで私はこの方の支えになろうと決心できたわ。だからすっかりこの小瓶のことも忘れていたのだけど、あなたの魔法をランドルフから聞いて、ふと思い出したの。これを私に届けた人は誰なのか、調べていただけるかしら?」

「はい」


 アンネリーゼはクラリスから小瓶を受け取る。


 五十年ほど前の魔法でも、近くならアンネリーゼの嗅覚は判別できるらしい。これはアンネリーゼにとって思わぬ収穫だった。


「こちらに魔法紋を浮き上がらせる薬をかけてよろしいですか?」

「もちろんよ」


 アンネリーゼが適量を小瓶にかける。

 浮かび上がった歪んだ時計を思わせる魔法紋を見て、アンネリーゼは固く唇を結んだ。


「お嬢様……」


 後ろに控えるエリヤがアンネリーゼ以外の人たちには聞こえないような小声でささやく。

 クラリスに正直に話すか、アンネリーゼは逡巡した。


「詳しく調べたいので、こちらをお預かりしてよろしいですか?」

「お願いするわ」


 話が一段落したので、香り高い紅茶にアンネリーゼは口をつけた。


「そんなことがあったなんて、全く知りませんでした」


 ランドルフ王子がクラリスを真っ直ぐ見つめる。

 クラリスは少し困ったような曖昧な微笑みを浮かべた。


「シャルル様がとてもがんばってくださったから、今ではこんなことはかなり少なくなったけれど、アンネリーゼさんも気をつけてね」


(正式な婚約者でもないのに、ご心配をかけてしまったわ)


 クラリスの優しさに、アンネリーゼの良心はチクチク痛む。


「ありがとうございます。魔法も武術も修練しておりますので、ランドルフ様をお守りできるよう努力いたします」

「まあ、頼もしいわ」


 クラリスは少女のように楽しそうに笑った。

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