エリヤとブラント
「兄さん」
お茶会の会場を出たところで、ブラントがエリヤに話しかけた。エリヤはブラントに話しかけられると思っていなかったので反応に困り、棒立ちになった。
兄弟だったのかとアンネリーゼは思ったが、表情には出さない。
(あら? だけどエリヤのお母様は亡くなったと……)
エリヤとブラントはおそらく母親が違うのだろう。それにしてはふたりはそっくりだが。
「どうして女装しているの?」
ブラントはエリヤと再会してからずっと疑問に思っていたが聞けずにいた。抑揚のない口調で直球の質問をぶつけてきた弟にエリヤは振り返る。
「必要だから」
エリヤは胸を張って答えた。
「必要? 護衛をするのに必要と言うこと?」
ブラントは首を傾げる。
「そうだ。私ほどの美人を見たら、男は勝手に油断する」
「なるほど……。僕も女装した方が良いのかな」
レイモンドはこの兄弟は何を言っているのだろうと半ばあきれて会話を聞いていた。エリヤもブラントも、自身の中性的な美しさをみじんも疑っていない。
確かに女装のエリヤは先ほどのお茶会参加者の中でも一、二を争う美人だった。高身長さえも武器にしていた。
「ランドルフ様……」
「自分で決めることだ」
主君に問いかけようとした弟を、兄はぴしゃりといさめる。
「私は一度もアンネリーゼ様に女装を強要されたことはない」
(十年前のエリヤは、ずっとメイド服だったわね)
アンネリーゼは幼い頃を思い出していた。
執事やヴィリバルトに燕尾服を着ても構わないと何度言われても、エリヤは頑なにメイド服を着続けていた。
「わかった」
深くうなずいたブラントは少し眠そうな無表情。真意が分かりづらい。
そして聞きたいことを聞いて納得したのか、ブラントは再び無言になった。
ブラントが明日から急に女装の護衛になるのではないかと、ランドルフ王子はヒヤヒヤしていた。
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「初めまして、アンネリーゼさん」
真っ白な髪をお団子に結わえた、絵に描いたような愛らしいおばあさん。それがランドルフ王子の祖母、クラリスの印象だ。
穏やかに出迎えてくれたクラリスはアンネリーゼをとても歓迎してくれた。
「初めまして。アンネリーゼ・シュツルムと申します」
アンネリーゼは緊張していたが、エリヤしかそれを気づく者はいなかった。
「どうぞお座りになって」
「ありがとうございます」
とても座り心地の良さそうなソファに、アンネリーゼは浅く腰掛ける。
執事の運んできたワゴンから紅茶の良い香りが漂った。
「お茶会中だったのにごめんなさいね。ランドルフからあなたのお話を聞いて、アンネリーゼさんなら私の長年の謎を解いてくださるかと思ったの。明日から公務でしばらく留守にするから、その前にスッキリしておきたくてね」
ふふ、とお茶目に笑う姿は万人を虜にする、何とも形容しがたい引力を持っている。
「とんでもございません」
アンネリーゼが恐縮している様子を、クラリスは優しく目を細めて見ていた。
「これなのだけど」
何かを包み込んだ絹のハンカチがクラリスの手の中にあった。
そこからするりと姿を現したのは、深い海のような青色の小瓶だった。




