吊られた男 3
華やかで優美な声と共に現れた男性を見たローワンは硬直した。ゾーイも真っ赤になって固まっている。
アンネリーゼも実物を見るのは初めてだが、彼のことを知っていた。ロロン王国の王族の中でも特に美形だと国民人気の高い第三王子、ランドルフだ。
ここの学生たちと同年代だが、今、どうしてランドルフがここにいるのかアンネリーゼは疑問に思う。
「どうだろう?」
老若男女関係なく見るものを虜にさせてしまう魔性の微笑み。ローワンとゾーイは首がもげそうなほど激しく何度もうなずいた。
だがこの魅了が効かない人間がひとりだけこの場にいた。
かばわれたはずのアンネリーゼがさっきまでの楽しげな表情から一転、すっかり無表情になっている。
(王子様がしゃしゃり出て来たら、私への注目がなくなるじゃない!)
心の中で地団駄を踏んでいたが、王子の手前、敵意をむき出しにもできない。感情を無にすることで何とか心の平穏を保った。
「アンネリーゼさん、私にも一枚いただけるかな?」
皆、うっとりと王子の笑顔を鑑賞していた。しかしアンネリーゼの目にはうさんくさいものに映っていた。
(初対面で私の名前が言えるということは、さっきゾーイさんに自己紹介していたのに聞き耳を立てていたんだわ。しかもちゃんと名前を覚えたなんて、何が目的?)
疑念を抱いたが、公衆の面前で王子を問いただすとアンネリーゼが悪者になる可能性が高い。
ここはおとなしく従うのが吉だと判断した。
「どうぞ」
ニコリと笑って見せて、ランドルフに試薬紙を差し出す。
ランドルフから直近に魔法を使った匂いはしない。
「最後に魔法を使われたのはいつですか?」
「そうだね、いつだったかな……」
あごに手を当てて考える動作すら絵になる。アンネリーゼにはあざとく映っていたが。
「とりあえず、ここ最近使った記憶はないね。それぐらい前、ということだ。だから私が触れると青くなるはずだね」
笑顔でからりと答えるランドルフに黄色い歓声が起きた。注目を奪われるアンネリーゼはおもしろくない。早く試薬紙を受け取るように仕草で催促した。
視線より低い位置にある物体を認識するために、わずかに伏せたアイスブルーの双眸。長いまつ毛が白い頬に影を落とす。
(まつ毛まで完璧なんて、おもしろくないわ)
爪の先まで微塵の隙も感じられない、ランドルフの美しい指が試薬紙に触れる。
瞬時に、美しい青い花が咲くように変化した。
「青……」
「青いわ」
「あの紙、すごいな」
野次馬たちが口々に感想を述べる。
(くっ……!)
悔しいが、アンネリーゼも第三王子の影響力を認めざるをえない。周りが味方になる空気を作り出したのは間違いなく彼だ。
ローワンはおろおろと周囲を見回した。今やこの場にローワンの味方はいないに等しい。
「じゃ、じゃあ俺を殺そうとしたのは誰だと言うんだ⁉」
アンネリーゼは薄く鋭い微笑みを浮かべた。それを見たローワンは背筋がゾクリとする。
すべてを見透かすような漆黒の瞳が、深淵に見えた。
「殺そうとしたわけではないと思いますけど、あなたに魔法の使い手を責める権利はないと思います」