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吊られた男 2

「わ、私は何もしてないわ! あいつが悪いのよ!」


 女子生徒の剣幕にアンネリーゼは何かあることを確信する。

 彼女の周囲にいたふたりの女子生徒もあまりの様子に目を丸くしていた。


「ゾーイ……」


 確かに、ゾーイと呼ばれた彼女は何もしていない様子だ。魔法を使っているようには見えない。もしこの状態で魔法を使っているのなら、この女子生徒は相当な手練ということになる。


 それに彼女から魔法を使っている匂いはしなかった。


「逃げ回るから今日こそちゃんとさせたくて捕まえたのに、急にあいつが宙に浮いて……」


 本人を目の前にあいつ呼ばわりなのは何か事情がありそうだとアンネリーゼは考える。名前を口に出したくないと言うのは嫌悪感だろうか。


 しかし相手も逃げたくて宙に浮いたようには見えなかった。


「た、助けて……タスケテ……」


 命の危険を感じているようで、涙と鼻水とよだれを垂らしながら蚊の鳴くような小さな声で懇願している。


 それを見上げたアンネリーゼは、あの雫が落ちてきて当たったら嫌だなと愛らしい顔をしかめた。


 大きな影が不意に現れて、どさりと音を立てた。周囲にホコリが舞う。


「お嬢様、降ろしていただいて問題ありません」


 エリヤが男子生徒の真下に大きなマットレスを置いてくれた。


 メイド服の護衛はアンネリーゼがしてほしいことを口に出す前に先回りする。余程の無理難題でなければ、たいてい叶えてくれる。


 どうしてアンネリーゼの希望がわかるのかとても不思議なので尋ねてみてもいつも笑顔でかわされていた。


「ありがとう」


 大切な主人に礼を言われたエリヤは小さく微笑みを浮かべ、風のように去っていった。


 アンネリーゼはすっと右手を挙げる。


 ゆっくり男子生徒を降ろそうと魔力を使う。彼を持ち上げていた力は何の抵抗もせず、するりと逃げて行ったのが魔法越しにわかった。


 ゾーイが何かしていた様子は微塵もない。しかしここまで似ているということは血縁者かとアンネリーゼは考えた。


 マットレスに男子生徒を安全に降ろす。腰が抜けたのか、そのまま放心して座り込んでいる。


「ローワン様……!」


 心配した取り巻きが駆け寄っていたが、話せる様子ではない。

 同級生と思われる男子に様と呼ばれているところを見ると家柄は良いようだ。


 事情を知るにはこちらと話す方が早いと、アンネリーゼはゾーイに向き直った。


「ご兄弟はいらっしゃいますか?」

「いるわ……」


 小さな声でぼそりと答えたゾーイの両眼が釣り上がる。

 怒りの矛先はローワンへ向いていた。


「こいつのせいでオードリーは……!」

「俺は堕ろせと言った!」


 なかなか最低な一言が飛んできた。


 この場が一瞬しんと静まり返る。女性陣から軽蔑の眼差しがローワンに突き刺さる。


「な、何だよ……」


 アンネリーゼもローワンへ嫌悪感を抱いたが、同時にこの事件の犯人も想像がついた。


「私はアンネリーゼ・シュツルムと申します。ゾーイさん、あなたのお家にお邪魔してもよろしいですか?」

「え? なんで私の名前……」

「先ほどご友人が呼んでいるのを聞きました。オードリーさんと言う方はあなたのご家族でしょう?」

「双子の姉だけど……。体調が良くなくて、ずっと伏せっているわ」


 アンネリーゼは経験がないので想像するしかできないが、妊娠していて、相手の男がこの様子では心身のバランスを崩しても無理はないと思う。


 だからなおさら、きちんと話した方が良いと考えた。


「少しで良いのでオードリーさんとお話をさせていただきたいのです」

「でも……」


 初対面の人間のおせっかいに難色を示すゾーイ。無理もないし、当然の反応だとアンネリーゼは思う。


「お前がやったんだろ‼」

「な……っ!」


 ゾーイへの怒りに満ちたローワンの叫び声が響いた。ゾーイはそれに対して、前のめりに怒りと憎しみで対応しようとした。


「違いますよ」


 静かにはっきりとアンネリーゼが否定する。


「ゾーイさんは何もしていません」

「どうして言い切れる? 証拠はあるのか⁉」

「あります」


 ミステリアスな美少女は、実験着の右ポケットからまず手袋を取り出して両手に装着した。それから白い付箋のようなものを数枚ローワンに突きつけるように見せる。


「まだ実験段階ですが、今のところこの魔法試薬紙は間違った結果を出したことはありません」


 淡々と話しているが、アンネリーゼの内心はわくわくしている。ついに探偵として活躍するために考えていた便利アイテムのお披露目ができる。


「この手袋は魔法を完全に遮断します」


 アンネリーゼは得意げに話しているが、周りは良くわかっていない。探偵令嬢はその空気など全く意に介さず話し続けた。


 片方の手袋を外して試薬紙を握る。白かったそれはあっという間に赤く染まった。


「たった今魔法を使った私が握るとこのように赤色に変化します。ゾーイさんも握ってみてください」

「こう……?」


 急に試薬紙一枚を渡されたゾーイは小首を傾げて戸惑いながらも、アンネリーゼの勢いに押されるままにキュッと握る。


「ありがとうございます」


 アンネリーゼが礼を述べたのとほぼ同時に、試薬紙は青く色を変えた。

 見たことのない光景にゾーイとローワンは目を丸くする。


(いい反応をしてくださる……!)


 喜びで緩む頬を必死に堪えるアンネリーゼ。有頂天で飛んでしまいそうだ。


「ゾーイさんは魔力はありますが、一時間以内に魔法を使っていないので青色になりました。魔力のない人はどんなに握っても白いままです」


 ローワンは悔しそうに奥歯を噛みしめる。


「たったふたりで証明になると思っているのか?」

「これまでに七十八人の方にご協力いただいています」

「そんなの信用できるわけないだろう!」


 性格が悪い上にネチネチめんどくさいタイプかとアンネリーゼは辟易する。

 それを顔に出して隠そうとしないものだから、ローワンがさらに重ねてイチャモンをつけようと口を開いた。


「確かに、彼の言うことも一理ある」


 爽やかで高貴な空気が一筋、すいと流れた。そちらが場の空気を一変させ支配してしまう。


 事の中心地へ割って入ってくるすらりとした人影。ふたりの従者が脇を固めている。


「私も調べてもらったら、彼女の力は間違いないと思っていただけるかな?」


 華やかで優美な声と共に現れた男性を見たローワンは硬直した。ゾーイも真っ赤になって固まった。

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