ランドルフ王子の憂鬱 19
「ギデオンさんのことを教えていただけますか?」
軍の基地から帰路につく馬車の中で、アンネリーゼはランドルフ王子とクリストハルトに尋ねた。
「ギデオンはすごいヤツだったよ。めったに他人を褒めない私でもギデオンは手放しですごいと言わざるを得ない。ロロン王国には貴族階級がある。いくら王立研究院のような誰にでも門戸を開く制度があると言っても、やはり身分はどこへ行ってもついて回る。そんな社会で、孤児のギデオンがランドルフ様の側近になるのがどれほどすごいことなのかわかるだろう?」
アンネリーゼは深くうなずいた。
王立研究院の特別クラスの生徒も大半が貴族だし、魔力を持っている人間も貴族の方が多い。魔法は貴族に取ってステータスのひとつでもある。
貴族であることは、その人間のルーツの保証でもある。出自が明らかな方が登用しやすい。そのため、どうしても貴族が優位な社会になっている。
「もちろん、ランドルフ様もすごいと思うけどね。ギデオンが側近になることを許した陛下も」
「先生がギデオンを推薦したからです。実際、ギデオンの守る魔法は強かった」
「防御に全振りしてたからね」
「ギデオンさんは自宅に防御魔法をかけていなかったのですか?」
「していなかっただろうね」
アンネリーゼはずっと考えていた。遠隔魔法が正確に相手に届く方法。お腹の中の赤ちゃんが持つ情報。その答えは多分、遺伝子だ。
アンネリーゼが前世にいた世界より、この世界で魔法の発動条件となる遺伝子の扱いはふわっとしていそうだ。なのでこの推理が外れていたらもう何も思いつかない。
前世の記憶で言うところの、呪いのわら人形のようなものだと理解すれば心臓の穴もわからなくはない。
(推理というよりオカルトになってしまいましたわ)
殺人犯の暗殺魔法は、ギデオンの防御魔法も貫くのか。それも気になるところだ。
「先生はギデオンさんの防御魔法の再現はできますか?」
「私を誰だと思ってるのかな?」
クリストハルトはふふんと得意気に片頬で笑う。
「ギデオンの研究資料は私のところに引き上げさせてもらって、全て読み込んだからね」
「軍で見せていただいた資料に私の推理を足すと、おそらく犯人が使った魔法ができると思うのですが、ギデオンさんの防御魔法は通用すると思いますか?」
「無理だろうね」
天才魔法教授はあっけらかんと答える。アンネリーゼはがっくりと肩を落とす。これ以上の被害者を出さないためには、犯人を止めるしか道がない。
「何を考えていたのかな?」
クリストハルトの問いかけに、アンネリーゼは深いため息をつく。エリヤは涼しい顔を崩さないが、愛する主人が何を考えているのかわかっていた。
「私がおとりになることを考えていました」
「なっ……!」
アンネリーゼの思わぬ告白。ランドルフ王子は思わず立ち上がる。
「うん。それは止めておいた方が良い」
「共犯者が私を狙うかと思ったのです」
「犯人の居場所が……」
探偵令嬢は静かにうなずく。
「アンネリーゼさんはあの魔法の完成に必要なものがわかっているのだろう?」」
「魔法を使いたい相手の身体の情報です」
「身体の情報?」
ランドルフ王子が首を傾げた。
「はい。私たちの身体を構成する個別情報です。この髪の毛一本にもあります。髪でなくても唾液や体液が採れれば」
「唾液や体液……」
お年頃の王子様は良からぬ想像をしたらしく、ゆでダコのように真っ赤になる。
「なるほど。見えなくても、相手を特定できれば良いのだね」
クリストハルトはぽんと手を打った。天才は話が早くて助かる。
(犯人たちは次に誰を狙っているのかしら)
知るために、もう一度娼館を訪ねるしかないとアンネリーゼは考えた。




