ランドルフ王子の憂鬱 16
「どうしてあんな変人が!」
自宅に帰ったフロランスは癇癪を起こして枕に当たっていた。
壁に投げつけられた枕は布地が裂け、中から羽毛があふれ出す。
ひとしきり暴れたフロランスは疲れて肩で息をする。
「どうなさいましたか、お嬢様」
「カミーユ先生!」
カミーユはフロランスの魔法を上達させるための家庭教師をしている。レッスンの時間なので屋敷を訪れていた。
呼気を整えたフロランスはカミーユに駆け寄る。ふたりの背丈はあまり変わらない。
カミーユが丸顔で年齢不詳なので、同級生のようにも親子のようにも見える。
「本当に先生の言う通りにしていればランドルフ王子と結婚できますの?」
「どうしましたか? 何かございましたか?」
「知り合いの変人がランドルフ王子の婚約者候補になりましたの! 少し魔法が使えるからって、おかしくありませんこと⁉」
「少し使えると申しますと?」
「王立研究院の特別クラスにいますわ」
魔法を評価されて特別クラスに選ばれたのならば、それは少しではないとカミーユは思った。しかし口には出さない。下手なことを言ってお嬢様にやる気を失われるのは困る。
「大丈夫ですよ。フロランス様は努力なさっています。まだ始めたばかりですから、ランドルフ王子もお気づきになっていないのでしょう」
柔和な笑顔でフロランスを落ち着かせようとする。
「魔法が得意な女性をランドルフ王子がお望みならば、なおさらがんばりましょう」
「そうですわね」
フロランスは拳を握り、大きくうなずく。
「本日もよろしくお願いいたします」
お互いに深くお辞儀をして、魔法の練習が始まった。
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ポレットは部屋の掃除をしていた。
初めて間近に見たランドルフ王子と、その婚約者候補のアンネリーゼと話したことを思い出して、ハタキを持ったままうっとりとため息をつく。
アンネリーゼの着ていた黒いドレス。物静かでどこか近寄り難い佇まい。
どちらもポレットの心をわしづかみにしていた。ランドルフ王子はともかく、アンネリーゼは王立研究院にいるので会えないことはない。
「ため息なんてつかないでよ!」
「あ、ごめんねぇ」
ポレットは王立研究院の寮に入っている。地方からやって来る者は多くが入寮していた。
部屋は二人部屋。財力があれば一人部屋も選べるのだが、ポレットの家にそこまで資金面の余裕はなかった。
同室のコリンヌはポレットとはどうにも気質が合わないらしく、同じ部屋にいるだけでトゲトゲしていた。だが、ポレットはそれに気づいていない。その鈍感さがコリンヌの怒りを増幅していた。
先日、ポレットがいかがわしい場所に迷い込んだのはコリンヌの意地悪のせいだ。あの辺りに素敵なものがあると言うコリンヌのうそを信じて、ポレットは夕方、ひとりでのこのこあの界隈を歩いていた。
コリンヌの悪意は強く、帰ってこなければ良いと考えていた。
当のポレットは、占い師と出会ったことでコリンヌの言ったことは本当だったと思い込んでいる。
どこまでも噛み合わないふたりだ。
「王子様と結婚できなくても、あの婚約者さんと友だちになりたいべ」
ポレットの大きな独り言。コリンヌは忌々しげに舌打ちをした。
「バッカじゃないの?」
聞こえないような小さな声で毒づく。
コリンヌの家は大規模農家で、地元ではそれなりのお金持ちのお嬢さんだ。しかしコリンヌ自身は田舎が大嫌いで、何とか王立研究院で彼女の思う条件を満たす男を捕まえようとここにやって来た。
何も考えず、夢ばかり見ているポレットがどうにも許せなかった。




