ランドルフ王子の憂鬱 15
開いた胸から覗いた心臓には大きな丸い穴が開いていた。
「これは即死ですね」
ソランジュの声ははどこかワクワクしているように、アンネリーゼには聞こえた。
回復魔法のある世界だが、人体の研究は行われていたので、心臓の役割などはわかっている。
ソランジュのように回復魔法を使う人間は人体や動物の構造について勉強している者が多い。医者のような役割を果たしている。
解剖書などもあるのでアンネリーゼは読んでいたし、前世の記憶もある。
「外傷を作らず、心臓だけを損傷なんて魔法ができるんだね」
クリストハルトも好奇心に満ちた瞳で穴の開いた心臓を見つめる。
「僕もできるかな」
魔法には人それぞれ向き不向きがある。
アンネリーゼの捜査道具を生み出す魔法は、さすがのクリストハルトにもできない。しかしこの暗殺のためのような魔法は天才教授は条件をクリアできれば使いこなしそうだ。
「軍が暗殺のために研究していたのでしょうか……?」
アンネリーゼは自分の発言が腑に落ちない。考え込んでしまいそうになったところに助け舟が来た。
「可能性はあると思うけれど、この人を軍が殺すメリットは?」
「ないです。重ねて言うなら、軍が行うメリットもないです」
教授の助言のおかけで、ぱっと目の前が開けた。犯人の条件をしぼることができる。
もっとも魔法の匂いを覚えているので、出会えばすぐにわかるのだが。
アンネリーゼの言葉にソランジュが首をかしげた。
「どうしてですか? こんなすごい魔法が使えたら……」
「どんな悪人でも、市民を実験台にしたなんて一般に知られたらとんでもない反発が起きます。国民は次は自分が狙われるかもしれないと疑心暗鬼になりますから」
ロロン王国は現在、政治的にとても落ち着いている。
近隣諸国との関係も比較的良好で、今のところ戦争の気配はない。そのため国内も活気がある。
そんな中、軍がそんな蛮行を行っていたとなったら、国は大きく荒れる。
「それにこんな魔法で他国の要人を暗殺しても、技術を知られていないのでは突然死と処理されて終了でしょう。こんな暗殺魔法が使えますと宣伝すれば戦争になります」
「なるほどー」
ソランジュは何度も大きくうなずいた。
「この魔法は禁呪になってしまうだろうね。残念だ」
クリストハルトのつぶやきを聞きながら、アンネリーゼは手の甲に残された謎の痕を調べようと魔法紋の出る液体をかけた。
浮かび上がった、人と思われる紋。
「そういうことですね……」
アンネリーゼはひとり得心した。
あとは証拠を集めるしかない。実行犯も共犯者も危険だ。早く止めなくては。
ソランジュが素早く丁寧に、アルタウス男爵の胸を縫って閉じる。
全員で哀悼の意を評して部屋を出た。
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「何だ、これは」
エルキュールがランドルフ王子の執務机に大量の冊子を積んだ。
「シュツルム伯爵の令嬢がランドルフ様の婚約者候補になったと知って、焦った貴族たちから届いた、肖像画と釣書です」
ランドルフ王子はげんなりした表情になる。
兄ふたりにはすでに決まった相手がいる。国王は必ず第一王子がなると決まっているわけではないが、現状、長男が次の国王となる予定だ。
ランドルフ王子の妻になりたがるのは、よっぽど王族と姻族になりたいか、ランドルフ王子に夢を見ている娘だと彼は思っている。
「全てお断りしてくれ」
ランドルフ王子はひとつとして目を通すことなく、エルキュールへ押し返す。
「かしこまりました。それから、軍の魔法部隊の件ですが」
王子がお見合い冊子とは全く違った反応を見せる。宝物を発見した子犬のような瞳の輝きが、エルキュールはかわいくてたまらない。
「ボルマン中将が明後日、お時間を作ってくださると回答いただきました」
「ありがとう」
ランドルフ王子は深くうなずいた。
これでまたひとつ、真相に近づける。




