ランドルフ王子の憂鬱 14
「途中で気づいて抵抗した子はひどい目に遭わされた。ほとんど帰って来なかったよ。あの子はその生き残りさ。顔を焼かれてね。だけどそれから何かに目覚めたらしいよ。普段はああやって立ってるだけで用心棒になるってんで、頼まれた店の前に立ってるよ。それで日銭を稼いでる」
占い師のケロイドの理由を知ったアンネリーゼは、口の中に苦いものが広がったような気がした。
「娼婦が何人消えようが、この場所は、街は、国は気にしちゃくれない。足抜けの可能性だってあるからね。だから余計に、うちみたいな店くらいは働き手を守ってやらなきゃと思ってはいるんだけどさ。身体売らせといて何言ってんだって話だけど」
自嘲する遣り手は、きっとアンネリーゼの想像もつかない苦しい思いをしてきたのだろう。
「申し訳ありません」
「何であんたが謝るのさ」
「もっと早く知っていれば、彼らを罪人として逮捕してもらうように動けたかもしれません」
「それは言っても仕方のない話さ。だけど、そうだねぇ」
どこか険のあった遣り手の声の中に、少しだけ柔らかいものが混じった。
「あいつらが消した子たちの名前だけでもわかったら教えておくれ」
「必ず」
アンネリーゼは深くうなずいた。
礼を述べて立ち去ろうとしたアンネリーゼとエリヤの背中に遣り手が声をかけた。
「シルバーのジジイによろしく言っといておくれ」
つながっていたのはそこか、とアンネリーゼは合点がいった。
娼館にも顔が利く老憲兵にまた胸がキュンキュンした。
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「本当の本当にできるんですか?」
癖のある黒髪に大きな眼鏡をかけた小柄な女性が、アンネリーゼの後ろですっとんきょうな声で問いかける。
「ランドルフ王子に手を回していただいたから問題ありません」
「私に人間の解剖をできる日が来るなんて〜」
「間違っていませんけれど、少々人聞きが悪いです」
憲兵団が所有する霊安室のひとつにアンネリーゼとエリヤ、クリストハルトそしてソランジュは訪れていた。
ソランジュはアンネリーゼと同じ王立研究院の特待生だ。回復魔法に秀でている。少しマッドサイエンティスト気質で、ずっと人体解剖をしたいと考えていた。王立研究院に入ったのはそれが目当てだった。
見た目にはアンネリーゼとソランジュは同じくらいの年齢だが、ソランジュの方が年上で、彼女は成人だ。しかしアンネリーゼは伯爵令嬢、ソランジュは平民なのでソランジュが敬語で話しかけている。
王立研究院の院外授業と言う名目なのでクリストハルトに同行してもらっている。天才教授としても、この件は興味深いようで嫌な顔ひとつせずアンネリーゼに付き合ってくれている。
ゴーグルにマスク、手袋、白衣、メスなど、解剖に必要と思われる器具や道具はアンネリーゼが揃えた。
それらを身に着け、アルタウス男爵の遺体と対面する。
床に置かれ、白い布にくるまれた外傷などひとつもない身体。
「アンネリーゼ様の見立ては心臓を何かされている、ですよね」
マスクの下で舌なめずりをしているのではないかというぐらい、ソランジュはイキイキしている。
アンネリーゼの返事を待つことなく、本当に初めてなのか疑いたくなる慣れた手付きでソランジュはメスを遺体に走らせる。
「おおっ」
ゴーグルの下の大きな目が、さらに大きく見開かれた。




