ランドルフ王子の憂鬱 9
レイモンドとブラントが両サイドで守りを固め、ランドルフ王子は数歩下がったところでドアの向こうの野次馬たちの前に姿を見せた。
念のためエリヤが王子の背後で構えている。
「本当にランドルフ様がいらしたわ!」
「ではあの話は本当のことなのね!」
ランドルフ王子への黄色い歓声に混じって、そんな声が聞こえてきた。
「ランドルフ様!」
野次馬の中から、愛らしい女生徒がひとり皆を代表するように飛び出してきた。
はちみつ色の長い髪はふわふわしていて、頬はほんのり薄紅色に染まっている。
全身黒づくめのアンネリーゼとは正反対と言える印象の美少女だ。
上目遣いのうるうるした瞳でランドルフ王子を媚びるような視線を送る。
王子はその姿に、背筋がぞぞぞとあわだった。
「私はフロランス・ゼクレスと申します」
アンネリーゼは彼女に見覚えがあった。父にどうしてもついてきてほしいと言われて参加したお茶会で、面と向かってキモいと言ってきた伯爵令嬢だ。
王立研究院の生徒とは知らなかった。一般生徒の制服を着ている。
(あの時の態度とはずいぶん違うわ)
嫌味ではなく、感心していた。ネコはこうやってかぶるのかと。
(確かランドルフ王子の妻になるとか宣言していらした記憶が)
有言実行しに来たと言うことだろう。
だが、肝心のランドルフ王子がフロランスに困惑している。それに気づいていないのは、王子の妻を目指す上で減点だとアンネリーゼは思う。
興味深くフロランスの様子をアンネリーゼが見ていたことに気づかれたようで、鋭い視線が一瞬アンネリーゼに向く。
それでも次の瞬間には再びフロランスはランドルフ王子へ秋波を送っていたので、アンネリーゼは目を丸くした。
(いろんな意味ですごいわ……)
「シュツルム伯爵令嬢のアンネリーゼさんが、ランドルフ様の婚約者候補になったと言うのは本当ですか?」
人の口に戸板は立てられないと言うが、昨日の今日でこの話が伝わっているとは。
ランドルフ王子もアンネリーゼも驚いた。
しかし王子は毅然とした態度でフロランスに接する。
「本当だよ」
羨望、驚嘆、悲哀、様々な種類の悲鳴が上がった。
「こ、こんな変人が選ばれるなんて……」
よろよろと芝居がかったよろめきを披露するフロランスにアンネリーゼは注目してしまう。
(一度しか会ったことがないのに、ずいぶんな言われようね)
アンネリーゼは小さく苦笑した。
一部の人にそんな風に思われていて陰口を叩かれていたのは知っていた。面と向かって言われるのはおもしろいが、良い気分ではない。
だからと言って、アンネリーゼのスタンスを変えるつもりは全く無いのだが。
「アンネリーゼさんは言葉は少ないけれど、とても勤勉で、まじめで、誠実な人だ。だから私は少しでも長く時間を共有して、アンネリーゼさんを知りたいと思ったんだ」
(いやいやいや! 本当のことを言えないとはいえ、それは……!)
わかっていても、アンネリーゼは頬が熱くなった。ランドルフ王子の声音にウソがないように感じられたからだ。
珍しく動揺したアンネリーゼをクリストハルトがにやにやと見守る。それに気づいたアンネリーゼは、落ち着きを取り戻そうと小さく咳払いをした。
その光景をフロランスは鬼の形相でにらんでいた。




