ランドルフ王子の憂鬱 5
「おやおや」
クリストハルトがアンネリーゼに近づく。周囲のピリついた空気などお構いなしだ。
「これは誰かが魔法で引き起こしたことで間違いないと言うことかな?」
「はい。すぐに憲兵団に連絡をしてください」
アンネリーゼの指示で、フットワークの軽いレイモンドがすぐさまこの家を出て行った。
浮かんだ二種類の魔法紋のうち、手の甲にあるのは人の横顔のように見える。男性だと思われるが、誰なのかわからない。
そしてもうひとつ、胸の辺りに残されているものは。
「これは軍の魔法部隊の旗の絵に似ていますね」
「そうだね」
魔法紋は魔法の使用者が強く執着しているものが関係していることが多い。
誰のものか特定する際に必要なので、魔法紋を黒いフィルムに写した。これもアンネリーゼの魔法で生み出した特製品だ。
(ギデオンさんは軍の魔法部隊にいたとか言っていたわ)
もしかしたら、この事件とつながるかもしれない。
ギデオンの遺体を調べられないのはもどかしい。
ロロン王国が火葬になったのは、大昔に悪い死霊使いが出現して国が大荒れになったせいらしい。
それを倒したのが今の王族の祖先だと言われている。
昨日、ランドルフ王子に見せた魔法の轍を調べる道具を使うと、やはり窓の外から魔法が飛んで来ていた。
出発点がわからないものをどこから来たのか調べるのは、たいへん過ぎて現実的ではない。アンネリーゼの持つ道具は彼女の魔法でできているものなので、作れる量に限りがある。
毎日せっせと作ってはいるのだが。
「どういうことなんだよ……」
「あなたの父君は誰かに殺された可能性が高いということだね」
ぼう然とつぶやくローワンに、ランドルフ王子は冷たく返す。
身体中の血がふつふつと熱くなっているようにランドルフは感じていた。
ギデオンはやはり誰かに殺されたのだろうか。
誰が彼に手をかけたのか。あんなに優しい男に。
生前のギデオンの穏やかな微笑みが脳裏に蘇る。彼が他人に恨まれるなんてこと、想像ができない。
病死の方が、彼の人生にとっては良かったのではないか。
ランドルフ自身、混乱し始めていた。
強く拳を握り、奥歯を折れそうなくらい噛みしめる。
「王子、冷静になってください」
そう声をかけてきたのは隣りにいたエリヤだった。美しい横顔をまじまじと見つめる。
意外な人物から話しかけられたことで、ランドルフはふっと全身の緊張が緩んだ。
「あなたはアンネリーゼ様を頼ったと言う正しい選択をしたのです。ギデオンさんの無念も、きっと晴らしてくださいます」
他に何か手がかりはないかと探しているアンネリーゼを、エリヤはこの上なく愛しむように見つめる。
ランドルフ王子もアンネリーゼの後ろ姿に視線を移した。
その眼差しから、真剣に取り組んでいることが手に取るようにわかる。
「私にも何かできることはあるだろうか」
「アンネリーゼ様の後ろ盾となって差し上げてください。ランドルフ王子にしかできないことです」
ランドルフとしては今この場でできることはないかと聞いたつもりだった。エリヤからの返答は長い目で見た話だ。しかしそれも重要なことだと感じた。
アンネリーゼはこれまでロロン王国になかったことをしようとしている。もしかしたら、この世界では誰も持っていない魔法かもしれない。
それを守る役目。
「承知した」
ランドルフ王子は深くうなずいた。




