八つ当たり
「ミイちゃんはダイエットなんてしたことないんでしょ。ダイエットのツラさなんてわかんないんでしょー」
およそ職場にふさわしくない感情むき出しの大声、内容、言葉遣い、呼び方。
狭い事務室の壁に声が跳ね返って実際よりも大きく聞こえる。
下の名を勝手にもじってつけたあだ名をクニャクニャした甘えた口調で呼ばれることは不快でならない。距離を詰めたつもりなのか、まるで親しい同僚のように接してくること躱し続けることもそろそろ限界な気がした。
ましてや空腹の八つ当たりなど家族でも勘弁してほしいだろう。
「ダイエット、ですか。食餌療法という意味では経験ありますよ。減量は確かにしたことはないですね」
ひもじさでカリカリしている神経に「減量はしたことがない」という言葉が癇に障ったのか先輩はプイと横を向く。
きっと<ダイエット>という単語には本来、減量の意味が含まれていないことなどご存じないのでさっきの嫌みは通じなかったはずだ。以前、自分の知らないことを話すなとキレられたことがある。なんにしろ、黙っていてくれるならそれはよいことだ。
ふくれっ面で爪を噛む先輩の横で、田中は自分の仕事に没頭した。